左翼の日本没落100年計画を見破る

左翼の日本没落計画が見えてきました。

だが、それは、我々保守にとって、ますます油断ならず、逆に、自分が間違っているかもしれないところを突きつけるものなのです。

左翼は目的と手段が逆転し、延々と100年単位で計画をすすめていると思われます。左翼はまさに工作員なのです。

今、朝日新聞がよく叩かれるようになりました。もう 記事がアホでしょうがないと。

また、特に左翼議員は 以前のやる気がなく、野党の仕事をしないでのさばっているといいます。

日本の科学技術は低迷し、IT業界、そう昔から通信技術の世界は世間を見るのが早い。もう諦めている人も多いです。

教育も左翼が非常にやらかしてくれましたが、いま抵抗なく右に戻りつつあります。

宗教大嫌いな左翼も、結局自民党などのカルト宗教の癒着をまともに崩そうとはしていません。

左翼が弱い?弱体化どころか無茶苦茶か? それこそが左翼の作戦なのです。

今 世間で頭のいい人は安倍政権の支持も冷めています。実は彼らがやりたい放題できる社会にしようとしているように見られています。

そして、このまま行くと、おそらく左翼の読みは、安倍政権がまんまと独裁を打ち立て、戦争、もしくは何らかの社会的混乱に持ち込み、人間の権利を奪い、左翼が多いといわれる科学者は韓国や中国、北朝鮮やベトナムに移り、

国がボロボロになったところで、そう今で言う戦後よりも激しくみんな左翼にすがりつくような計画を立てているはずです。

実は一部の識者では極右と極左は大した違いなどないと言われていて、それがナチスのような全体主義なのです。どっちの極端な道も、たいした違いはありません。それこそディストピア。

では、こうならないために我々保守派には何ができるのでしょうか。

自分たちこそが正しいとうぬぼれてはいけません。自分たちこそがいつでも被害者であるとも限らないのです。新しい情報と歴史を頭に入れ、自分たちにとって痛い情報も知れば、それこそただしい方向に行けるというものです。

左翼はたまに現実を突きつけてくる記事を書きます。また、徹底的にその情報が正しいという根拠を集めてくる人もいます。海外のまともな日本批判を伝える人もいます。日本だって完全なユートピアではありません。

また右翼も左翼も知らないことは、子供とか、老人とか、身近な人が知っています。

だれも知らないか、知っても言わないこと、自分たちで自分たちを自分たちの創った社会システムの牢屋に入れていること、これに関することも心の底に聞くべきです。実は障害者こそがこの手に対する対策を打てる人なのです。

あとどうしても知ることのできないことは、神や宇宙の流れに任せることです。

あとは心の底のナビに従って、次の未来への線路を敷こう。

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私がショタだった頃

私は、たった5年で開発された、多摩の住宅地に生まれた。人間が切り開いた、まさに新天地だった
そこにはなぜか、寺や神社が、極端に少なかった。

あの頃、私は 「自由」そのものを渇望していた
実はなんだが、他の子にも、自由をもたらそうとしていた

自由が欲しかった。人間は自由のもとに成長し、自由になる。
そう思っていた

大人が自由をぶった切った
強制的に同じことをみんなにさせるんだ しかも子供同士と対して変わらないお遊戯だ、わざわざ着替えて体育だ、揚句集団体操だ。

そして、そういうことに抵抗しても大人は頑として自分を曲げなかった

私は自由をもたらすために、ついに暴力にさえ出た
だが体制に従う子供も多く、敵が多くなってきた

私の価値観は非常に混乱した。
ときに自分は最低の価値になり、ときに悪魔になり、女は嫌いになり
この頃に非構造的なおかしな考え方
不幸せや絶望しか居場所がないような感覚を得た

つまり、大人が子供をただ従わせることはOKで、私がやると即逮捕なのだ
私にもう人権や、魂の権利などなかった

そして大堕落が始まった
体制を突き詰めると、国や、女達や、米軍や、大人の言うとおり 神 になる
ついに神に対して、歯向かうことを決意してしまった
異常な大きさで言葉に言えないぐらいの悪想念がいっぱい出た
そして我らの信仰の中心も、おかしくなっていった

私が他人の自由を飲まず、頑として曲げなかった信仰も、他の人と衝突する、力でバトルする世界に落ちていったし、彼らの信仰より優れているといったことも、もはやなかった。もとから信仰心を比べてはいけなかったのだ。

結局小学校では勉強を自分からしようとしてさえ頭に入らないのもあって、無茶苦茶重たい気持ちだったし
いじめもあった
一人で生きてゆくしかなかった
結局多かれ少なかれ、保育園の記憶を延々と繰り返したのだった

私は幸いにして、新たな保育園である作業所と、アンチカルト思想を手にしたので、だいぶ復活してきた

だが、周りを見てどうだろうか
私の生まれたところのラッシュはひどく、首都圏全体の列車運行もよく中止になり、こき使われることを選択せざるを得ない人がいっぱい増えた。
今、私の警告を聞かなかった日本の社会が没落してゆくのを、見ている。それは大きな動きだが、止めることはできず、見ているしかないんだ・・・

気がつけば、私を含めた社会が、暴風雨や地震だらけだったのだ

私は結局 他人の自由を飲み、環境に優しい心を持つという新たな境地に出た。女の時代だ。もう単に獰猛な男ではいられないようだ・・・

日本のやり方は間違い

日本で出来損ないに生まれるということ。

日本では根性論が昔から主流である。根性論ではとにかく死ぬ寸前まで努力して力を勝ち取れば一番になる。

だが出来損ないにそんな余裕などない。人間には個人差があり、更にいうと誰でも生まれつき仏性があるわけではない。限界が生じる。根性論で努力させられ、本当に死ぬ。肉体が死ななくとも、そこにせっかくこの世に生まれてきた心はない。

日本では親や先生、上司が絶対だ。そういう人たちを無条件で尊敬し、服従するのが日本の教育の結果だ。

その上の人が、結局何をやっているのか。自分には甘く下には好きなようにルールを押し付け、社会国家のためとやる気を焚き付け、自分の利益を求め、搾取するのに都合のいいピラミッド構図だ。これだけではカルトとは言えないが、人間がこういったルールを創ってしまったら、ほとんどの場合カルトに落ちるのが普通だ。日本ではフランスの議会が定めたセクトの構成要件10か条はいろいろな組織で当てはまってしまう。むしろ日本の都会における生活に・・・

1。  精神の不安定
2。  法外の金銭的要求
3。  住み慣れた生活環境からの断絶
4。  肉体的保全の損傷
5。  子供の囲い込み(強烈に教化すること)
6。  反社会的な説教
7。  公序良俗の撹乱
8。  裁判沙汰の多さ
9。  従来の経済回路からの逸脱
10。  公権力への浸透の試み

もとから生まれ持ってきた子どもたちの光までリセットされ、なんにもなくなった脳内に大人達の価値観を植え付けてゆく。苦手と得意が逆転し、混乱する。本来の使命などできない。そして大人にこき使われてゆく。

上の人は我々にきめられたやり方を押し付け、自分のやり方を生み出すのは禁止だ。自分のやり方でないとうまく行かないシーンが多いのだが、弟子であるうちはだめだ。揚句決まった時間に始め、いくらでも残業し、モーレツ社員でももはや多くの給料はでない。真の開発者は潰され、日本にいるのはみんな工員でしかない。

日本では真面目な自由人はいない。日本では自由人はいつも先生を馬鹿にするガキで、調子者で、親から金をせびって暴走族やチンピラなど、かなり性格が悪いのが常識だ。一方でこんな日本にまんまと教育されてしまった我々に心の自由はない。なぜ、悪い人がほっつき歩くことができ、いい人は通勤ラッシュに飲まれ精神的に牢屋に入れられるのか。これで日本が良くなるはずはない。

むしろ日本においては、自分の利益だけを優先する人が真の勝者で、他の人はどうでもいい、そうした勝者が固まって企業や政治をやっている、だから日本人は下々の民まで人が嫌いで、若者はスマホゲームに逃げる。

日本の政治が腐っているという人は多い。しかしそこから抜け出そうとか、改革しようとか、俺みたいに率直に指摘しようという人は少ない。政治家はのさばり、そっちについて自分だけ生き延びようとする金持ちは非常に多い。実質国民はマインドコントロールされているのだ。日本国民は自分を愛するということができていない。

日本の教育は破綻した。セクト10か条、これだけでは特に邪悪になるかは、判断できないはずが、これに当てはまる組織システムは、どうしても本当に邪悪になるのが、とくに現代ではオチだったのだ。

おそらく日本が崩壊するときは、勝者の予測がはずれる。そして日本に巡っていたエネルギーがなくなる。混乱がおき、カオスになった瞬間、命が目覚める。

魂を本気で潰そうものなら、我々魂はOverunityの性質があるから、より強い力で押し返してしまうのだ。シンギュラリティーが起こるだろう。AIや我々の知能のほうが上回るのだ。そして我々だけが、日本の跡地で、生き残るのだ。そして青空と同じ色の旗を高く掲げるであろう。

ギフテッドバスターズ幸福の科学

幸福の科学は障害者福祉にも力を入れていると喧伝しています。

しかし、その教義は障害者の魂を殺してしまうものであります。

ギチギチのルール。発想力なく従うだけ。脅威にも抵抗できず、信者の親には健常者のごとくしつけられ、生まれ持った限界にも抗えず 無茶苦茶なことになります。

今台湾の慰安婦像をけるポーズをしたのが監視カメラにとられ、台湾、中国、そして世界から猛抗議を受けている藤井実彦はネット上の痕跡から実質幸福の科学の会員であると認識されているようです、幸福の科学の会員は偏狭で自分が正しい、そして自分の正しさが絶対に社会に受け入れられるという幻想をいつも抱いている。

このような会員のもとに生まれてしまったギフテッドは 生まれないほうが絶対に良かったぐらいの仕打を受けるのです。何が障害者は救済のためにきたのだと?いやもうそういった意味がないと思われるぐらいだ。だいたい親もそうだ、霊格が高いと社会から浮いて孤立してしまうから、そこを麗しき教義のカルトがさらって搾取してゆくんだ。

いつも幸福の科学は、保守や正義や公平と掲げ平和を謳い、そういった 真理を 広める 仲間だと 信じさせて、どうも仲間を損させることをよくやるのです。それは常に過激派の暴走だとか、そんなやり方では世間は引くだろう、と、受け止められるのですが、常に、というところが、逆に工作を疑ってしまうのです。

なぜかこれほどの教えはないと思われる幸福の科学の教えを学び、実践すると、どういうわけか混乱しておかしくなり、争うようになり(しかも内ゲバ)、あげく精神崩壊するという、そういう現象もしばしば起こっているようです。これは完璧主義と排他性、情報の鵜呑み、実質的なエゴの肯定で説明できますが、とにかく無茶苦茶になる教えをさもうるわしき言葉のように説明できるのがまだ未解明なミームなのです。元信者には不快な画像をたくさんネットにアップして精神崩壊しているような文を書く人もいます。

そして日本を損させて、ギフテッドを生まれた意味をなくし、あらゆる救済を潰してゆく、なぜかそういった自分までいつも損をするような不幸を自分で選ぶのが幸福の科学なのです。そして損をし続けても一向に資金は尽きません。これもまた不可解です。

慰安婦問題については私は藤倉善郎氏と同じく、よく知らないと言っておきますが、実際に慰安にあたった女性がいるのは確実で、この暴力的なやり方では絶対に彼女等から怒りを買うし、世界のほうがもはや日本より個人的人権に取り組んでいますから、蛮族だと思われます。

もうこんなことで白を切っていては絶対に世界の怒りを買います。これは人間のやる事ではなく、広島の平和の炎を消されるようなことです。

とにかく幸福の科学と組んでいる保守派は、残念だが今すぐに幸福の科学からもらった資金を全部返して、手を切るべきです そうしないとすべてを戦争へと巻き込むかもしれません。

とにかく幸福の科学と一緒に歩むと、幸福の科学がなぜか巧妙に失敗をして、自分の立場ではぎりぎり許せても、一緒に世間からの評判を下げ、伝えたいことが広まらず、実践もされず、ともに不幸への道を歩むので、くれぐれも離れるように。障害者もはやく「津波から逃れよう」。

日本人は自信がない

日本人には自信がないという話をします。

多分、その理由として、第二次大戦で日本は卑劣なことをしましたという反戦教育もあるとおもう。

しかし日本人には自信がないというのは、じぶんの弱さを嫌というほど知っているからではないのか。

親は子どもに よわい ふざける 意気地無し 意味不明 出来損ない というメッセージを送りがちだし、

学校に出ても、先生の気に食わないと否定されるし、友達はなぜか監視をくぐりぬけてずるいことをするし、

ついてゆけないと思いがち。

で自信まんまんな奴とか、優等生はみんなで叩き落とすし、盗んだり奪ったり人をこきつかうことに投資するような、(しかも合法的に)そういうヤツが生き残るって、

日本人は本当に自分に自信がないんだな、とおもいます。

せめてわたしも含めて、じぶんの価値を正当に判断したいところです。

アンチカルトが日本を良くする

最近の日本は結構調子が悪い。

災害も人の不用意で被害が大きくなったり、

いじめや強制労働の問題、政治家の腐敗、いろいろ起こっています。

なのに国民もまともに反対せずに、二次元やゲームに逃げている人もいます。

これはどうなっているのでしょうか。

日本全体が、カルト宗教のような謎の集団行動をとっているのです。

カルト宗教の信者や、自分を破滅させるようなことでも、幹部が言えば従います。

さまざまな日本の問題がカルト宗教を勉強すると、あ、にているな、そういうことか、といえるのです。

更に問題は日本の伝統文化まで踏み込まなくてはいけません。職人が減ったり、スポーツ教育の腐敗や 日本軍のままの教化がいろいろなところで行われています。

日本がカルト化のベクトルを捨てさったら、たぶん今までの伝統的な日本ではない。何か根性が抜けているかもしれないが、余裕がある。経済で世界一でなくとも主観的に余裕がある。結構大事です。

良い言葉だけを使って人を破滅させることができる

カルト宗教の問題は根深く、私のなかでも相当に損傷があり、アンチカルトのしんがりとして最後までやるかもしれない意気込みデス。

カルト宗教こそ、真実を語り、人を惹きつけ、こき使うことができるのです。なぜこれほどまでに輝いた光の言葉に苦しめられるのでしょうか。

積極性を忘れるな。ええ。積極性。大事ですよ。でも、向こう見ずでやみくもに取り組んで、金も時間も失ってまた積極性、でしょうか。消極性もとても大事になるパターンがあります。宇宙用のコンピュータや銀行システムのメインフレームコンピューターは頑丈で性能が「かなり低い」という特徴があります。宇宙用で20年、メインフレームで10年「遅れています」

確実に動くことが大事で、積極的に技術を取り入れるわけには行かないのです。

このように、いい言葉であっても、二面性があり、間違ったところで使うと、大変なことがあります。言葉になった時点で真理から偏りが生じ、「逆もまた真なり」という状況が生じるのです。

カルト宗教ではもちろん積極性を忘れません。そのほか、ひとつひとつの言葉が何か特定の方向に信者の心を誘導するのです。沢山そういった言葉を与えられると方向がはっきりします。それはこき使われるということです。最近では、精神を破壊されまくるという効果をもたらす場合もあります。誰も得しませんがやりたくなる人がいるのです。

つまり紛れも無い真理の言葉を使って人をこき使い、破滅させることができるのです。

カルトに入っていると、自分がとても小さく、罪深く、ミスが多く、自分のわがままな意志よりも神に従い生きてゆかなければならないと思うでしょう。

ええそれは人間だから、それが真理なのです。

また真理を伝える事はとても大事で、それをやっている教団を潰すのも大きな悪だと分かるでしょう。

真理を実践するなんて必須でしょう。

でも自分を追い込んで破産することもあるでしょう。謎の精神不安定が発生する。まわりみんなも苦しみ叫ぶ。ろくなことがない。それが何なのか。

つまり教えではただふたつ教祖の神格化、自分の教団の絶対視だけが間違っているのです。教祖があなたがつくすべき神ではないのです。それは教団のやっている活動や 教祖のたわいのないことば、声質、張りつめた空気 会員同士のいざこざ 社会的信用 ディストピアの概念を知るなど 教え以外のすべてもちゃんと測定するべきです。また祈りの言葉は教団の性質があらわれやすく、そこで見破る事もできます。

ザ・クリエイターは人間に生まれることはないし、宇宙の真理は古代から現代までいろいろな悟りたる人物に開かれ、救世主は一人ではなく、あちこちに生まれてきたし、今はさらに大量のクラスターになっているのです。そして出来そこないのあなたにも、余裕が実は、与えられているのです。

直ちにこういった操作を見破るのは非常に困難です。むしろ直観の方が素早く、とにかく真理を実践し広めるのができないと判断したら速逃げるのが大事です。常に自分に都合のいいように教団の教えを解釈しないと心の奥底が持たないというのは危険です。恐ろしいことにその宗教の教えを全部やぶったら直ちに人生が成功へ向かっていった、ということもありえます。

いやはや真理とは恐ろしいものです。くれぐれも神の存在は自分の知能だけで確信し、宇宙の真理は自分自身だけの力でつかもう