アンサイクロペディアの 1=2 と同じ屁理屈論文に書いてない?

冗談サイトアンサイクロペディアの有名な記事、

1=2

を知っていますか? ここには、一見もっともらしい数式で、1=2をでっち上げる文がいっぱい書いて有ります。

そのなかには、虚数iを単なる変数と見るとか、無限やゼロの扱いなどの間違いがありそうです。特別な数があるのです。

自分は、数学はできない方ですが、どうも数式というものも、完璧な表現はできないから、このような間違いが出てきてしまうものだろうと思いました。

数式の裏の暗黙の了解があるものと思いました。

そして、数学の本質は難しく、研究者の中には誰か1=2の記事のような誤った考え方をやってしまって、論文に書いてしまっていないかなと。

それが通ったら、もう無茶苦茶になってしまって検証ができないんじゃ?大変なことになる。

この記事を馬鹿にしないで、自分や他の研究者が1=2の記事と同じような思考エラーをしていないか、読んで見ることをおすすめします。

ひょっとすると、あらゆる表現が解釈の幅を許容し、無理矢理にもいいように解釈が出来るのかも知れません。

これは恐ろしいことで、さらに、万人が科学論文を検証できるチャンスがあるわけではないのも、疑問です。

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しつけが効かない子の中の恐怖

私は幼いころ保育園に通っていましたが、保母さんの言うことを聞きませんでした。なんでか、聞いてください。

えー、子供だって一人の人間であることに違いはありません。子供だって、勝手に自分に何かされるのは嫌いです。

そこで、保育園で毎年行う集団ダンスを例に説明します。

多分昔の自分ならこういう反応をするだろうな。

しかし、無意識のうちの感情だし、子供は語彙も少ないのでうまく言えないし認識できません。

ダンスの練習をするといわれる。->自分の心の同意がない。同意せずに従っていいのだろうか。

ふつう、人間関係には同意があります。それは大人になって、企業に入って仕事をしても同じです。

ところが 教育には同意関係がないことがあります。

危険な事をしてはいけないのも、仲良くすべきなのも判ります。

しかし、いきなりダンスをしろといわれるのは、不自然です。勉強でもないですよ?

保母さんはそんなに悟っているのか?神なのか?

->抗う->注意の怒りを受ける これです。ダンスをすることに一体どういう意味があるのか?

ここで怒ると言うことは何かトンでもないことがあるのではないか? さらに、この権力は暴力でも担保されている。

->仕方なく集団に加わる はい。動きを覚えてない、動きが揃ってないと叱られます。

つかれます。私はダンスに興味なんてない。とっても疲れるだけです。

結局ここまでして保母がダンスの指示をした理由は判りませんでした。

この不満は、あとであとでたまってファビョンで出てきます。保母さんはとってもわがままに自分には見えます。

この様に強制的に何かさせる教育は自分にとってははっきり言って人権侵害なのです。

だから保育園に入るという事に自分は抗ったのね。

保母は何をしたかったのだろうか?

思うに、極端に言えば北朝鮮のマスゲームと同じ人民統制だと自分の中では考えられています。

上の人のことを聞くまるまった人格を作る必要があったと思われます。

小学校に入っても一年生の1学期は勉強をサボリ一生懸命にファビョっていました。

自分の同意なしに何かさせられることに、異常な恐怖を感じていたのです。

自分の同意なし、であれば社会救済などの大きな使命がなくては納得しません。

確かに勉強が重要だと頭でわかっている。でもなぜ、直ちに、強制的にさせられるのか?

さらに保育園のころのいじめもそれを加速させます。(やっぱりそれが大元かも)

結局、自分はロボットになることを選びますが、いじめも相まって心では自分ではいられない恐怖と自己否定につながり

やっぱりいまは向精神薬を飲む生活なのです。

今の宗教の組織はカルト化しやすい

今の宗教って、日本人にはやっぱりカルト宗教のイメージが出ると思います。

ああいうカルト宗教と、本当の宗教って、組織上の違いはどうなんだろうか?

思うに、教祖は弟子よりかなり優秀になるのが、普通です。

教祖と同じぐらい優秀だったら、一人で求道するか分派になるかも。

教祖はすごい賢いので、教祖を中心とした ピラミッド型のヒエラルキーが形成されると思われます。

教祖を信じていれば、うまくいくので、盲信してしまう信者も現れます。

そこで、教祖がやりたい放題できるようになってゆきます。

ものすごくあてにされるので、大変な責任が出てきます。

あてにされるひとには 自分の利益のために、ついてゆくというよりつきまとう人や悪魔に狙われやすくなります。

この様に教祖というのは大変な霊格を必要とし、悪魔のターゲットになりやすいのです。

新興宗教にカルトが多いといわれるのはこの様な理由によると考えられます。

今の宗教はこの様な仕組みになっており、専制的であります。

教祖もほとんどの場合真理の研究者なのに、神と崇められ ものすごく当てにされるのは、大変な負担です。

このような宗教のシステムは、大変悪魔に狙われやすいと思われます。

宗教を用いて人民を言うとおりにさせる勢力によって、手が加えられていると思われます。

今ではあちこちでカルト宗教が出てきています。

教祖が当てにされるシステムを止めるには 教祖を主任研究者ぐらいの立場にして

みんなもっと自立できる仕組みにすべきだと思います。

宗教が発展すると分派もどんどん出来ますが、分派も ものの見方が違うだけ、邪でないことがいいことと思います。

そして、第一にこうです。 教祖と弟子と互いに搾取のない教団 もうこれだけでいいのです。

いいかえると、いじめのない教団です。

お金は信者の利益を失わないためにほとんど取らない。宗教は教祖がうらやましがられるが教祖はサービスばかりするべきだ。

今までの信仰というものは、決め付けの力です。

しかし、本当の正しい信仰というものは、たぶん「感じる」ことです。神がいると決め付けるのでなく 神を感じるのです。

あの世の存在は不思議と腑に落ちるし、漫画界は創作神話であふれている、そういう漫画が売れるという事はみんな本能では神話を勉強したいのでは?

なんか腑に落ちる感覚が大事です。そうでなければ悪い意図で思い込ませる何かがあると思います。

間違ったことは心の本能が拒絶します。

決め付けこそカルト化のはしりです。

出処のよくわからない宇宙人の噂がありますが、

組織宗教や地球で言うような信仰心を持っていない種族もいるらしいと云います。

そのような話を目にすると、地球がまだ汚い星だとわかります。