しつけが効かない子の中の恐怖

私は幼いころ保育園に通っていましたが、保母さんの言うことを聞きませんでした。なんでか、聞いてください。

えー、子供だって一人の人間であることに違いはありません。子供だって、勝手に自分に何かされるのは嫌いです。

そこで、保育園で毎年行う集団ダンスを例に説明します。

多分昔の自分ならこういう反応をするだろうな。

しかし、無意識のうちの感情だし、子供は語彙も少ないのでうまく言えないし認識できません。

ダンスの練習をするといわれる。->自分の心の同意がない。同意せずに従っていいのだろうか。

ふつう、人間関係には同意があります。それは大人になって、企業に入って仕事をしても同じです。

ところが 教育には同意関係がないことがあります。

危険な事をしてはいけないのも、仲良くすべきなのも判ります。

しかし、いきなりダンスをしろといわれるのは、不自然です。勉強でもないですよ?

保母さんはそんなに悟っているのか?神なのか?

->抗う->注意の怒りを受ける これです。ダンスをすることに一体どういう意味があるのか?

ここで怒ると言うことは何かトンでもないことがあるのではないか? さらに、この権力は暴力でも担保されている。

->仕方なく集団に加わる はい。動きを覚えてない、動きが揃ってないと叱られます。

つかれます。私はダンスに興味なんてない。とっても疲れるだけです。

結局ここまでして保母がダンスの指示をした理由は判りませんでした。

この不満は、あとであとでたまってファビョンで出てきます。保母さんはとってもわがままに自分には見えます。

この様に強制的に何かさせる教育は自分にとってははっきり言って人権侵害なのです。

だから保育園に入るという事に自分は抗ったのね。

保母は何をしたかったのだろうか?

思うに、極端に言えば北朝鮮のマスゲームと同じ人民統制だと自分の中では考えられています。

上の人のことを聞くまるまった人格を作る必要があったと思われます。

小学校に入っても一年生の1学期は勉強をサボリ一生懸命にファビョっていました。

自分の同意なしに何かさせられることに、異常な恐怖を感じていたのです。

自分の同意なし、であれば社会救済などの大きな使命がなくては納得しません。

確かに勉強が重要だと頭でわかっている。でもなぜ、直ちに、強制的にさせられるのか?

さらに保育園のころのいじめもそれを加速させます。(やっぱりそれが大元かも)

結局、自分はロボットになることを選びますが、いじめも相まって心では自分ではいられない恐怖と自己否定につながり

やっぱりいまは向精神薬を飲む生活なのです。

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