善人になろうとするほど悪人になる

自分の心配性の原因を考えると、そのひとつに、小さい頃死んでも正しい自分でいようと決めたと思い出しました。

 

正しい人でないと、いずれつぶされるからだというのが理由だと思います。

でも、そうして、クラスの中でもいい子ぶって人間関係がますます遠ざかるのもあるし

中学である女子を見ると顔が勝手ににやけたら、精神が誤動作したとパニックになったり(本当は男子はこの種の現象が起こりうると知ったのはもっと後)

高校に入ると心配性が出てきて、頑張っても止まらずに心が疲れ、それでもさらに正しくあろうとするほどに 煩悩が飛び出して学校に通うのもつらくなる。

大学を中退。

 

結局正しくあろうとしていない人のほうが 楽に生きられますね。

何てことだ

どうも宗教系のブログを読んでいると、修行僧が常に正しくあろうと禁欲してゆくうちに 煩悩がいつか吹き出してしまうことがあるらしい。

禁欲なんてできない!

そう、これ以上自分が正しくあるためには、禁欲より心を作り替えないといけない。

しかし、この改修は非常に大変であり、

自分で自分の欠点に気づき、改造できるためには、自分だけで考えるのにはものすごく遠回りしないといけない。

ネットや本で解決策をつかんだり、

大体自分がこれほど正しくある必要があるのか?必要があるどころか もっと悪くなる。

あと、いい子ぶって上司のイエスマンになることも、本当の正しさとは言えない(そういうようにされるのも学校教育だけど)ですね。

まったくです。この世では何事もほどほどにしないといけないなんて!