中世の宗教システムが現代にもたらす負の側面

今は現代です。しかし、発達したのは科学技術だけで、人間の心は進んでいません。

それはどうしてか?

宗教は、何時の時代も精神の基盤であり、人間の思考の基本を作って来ました。

しかし、その宗教はもはや人を管理し言うとおりにさせるために使われ、人の心の発展を妨げもするのです。

根本教典は 間違いは絶対ない、と決められています。

喩え話のような節でも、真に受けて解釈されます。

意味のない戒律にも、がんじがらめにされます。

これでは、人の心がガチガチになってしまう。

自分たちは絶対に正しいと主張します。

宗教のおしえをよく守っている人ほど、そういう激しいプライドを持っています。

そうして、戦争までします。

しかし、戦争を起こそうとするのは、本当は悪魔のはずです!

集団の構成員に重たい義務が課せられます。

破ると、いじめられ、自分が生きている理由を失います。

これは、戒律以外もあります。

主に真理を目指すと言うより集団を保つための義務です。

子どもたちを安心させず、よく宗教のおしえに基づいてガチガチに教育します。

教えはよく守りますが、思考がガチガチで、専門家の助言無しで判断できない、ロボ人間ができます。

そうでなけれは、反抗して犯罪を犯します。

集団の構成員がリーダーの言うことを よく きいてそのとおりにするので、

リーダーは悪魔と対決することになります。

悪魔は結構賢く、異性や金、権威、そしてチャネリングを使います。負けると宗教がカルトになります。

たった一人で、いつも絶対勝利を収めないといけません。

責任重大です。

前にも書きましたが聖職者は自分の心を偽り菩薩を演じないといけないので、煩悩がたまり爆発して転落します。

今生耐えても来世で爆発するかもしれません。

・・・という、よくある宗教の行動形態が、現代になってもあらゆる組織形態の基本になり、
人を苦しめていると思われるのです。よく確認してください。

これからは、学術会議のような討論から、新しい心の教えを生み出せて行ければと思います。

カリスマ性とか、超人とかより、みんなで真理を探求出来ればと思います。

広告

中世の宗教システムが現代にもたらす負の側面」への1件のフィードバック

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中