当て勘が人生を変える

小さい頃は、大人とかの影響があって、理屈を考えてそれに基づいて行動するのがいいと思い、そうしました。

しかし、子どもの脳ではろくな理屈が思いつかず、潜在意識が複雑になってゆき、人生の大きな問題にあたり、それに飲み込まれてゆくのに、さらに理屈を考えて行動して失敗しました。

それが端的に表れるのは、迷路遊びです。

小学1年の時です。みんなは適当に勘で迷路を構築し、みんなで頭を混乱させて遊びあっていました。

私が人の気を引こうと理屈をいっぱいこめて書いた迷路はあっという間に攻略され、つまらないと揶揄されたのです。

ではどうしたらいい迷路ができるかと聞くと、ただ書けばいいとか、君は迷路が書ける頭すら持っていないのか?と返事。

NHKの教育番組で迷路は当て勘で作れると知ったのは、何年も後のことでした。

このように直観には不思議な力があり、ちょっとした勘が人生を導いてくれることもあります。

事実自分であてずっぽうには思えない しっかりした勘であれば、いろいろなシーンで使えます。

わかってないはずなのにわかるという、まだ科学でははっきり解明されていない力でしょう。

アインシュタインは言語を使わず、脳内のイメージで思考していたらしいのです。二コラテスラは脳内で実験ができたので、非常に不思議な発明をいっぱいしています。

言語にできないものを扱うのに当て勘はちょうどいいのです。

カルト宗教に入っているとなんか気分が悪いということがあります。お祈りしたとき。施設で祈願を受けたとき。講義をきいているとき。

ここは、与えられた理屈を優先せずになにか自分は気付いているのでは、と思うべきなのです。

なんで、幸せでないのか。なんで、やりがいがないのか。なんで、心の底が従ってくれないのか。そこには理由があるのです。

カルト活動には心の底は煩悩の発散でない限り従いません。伝道でもどこか気が抜けています。いつも同じような導師の話を聞いて何とか気合いを出します。

でも、やりがいすらないというのはおかしなことです。真実は理屈だけでなく大体当て勘も納得するはずなので、ゆっくり考えてください。

じつは直観は自分の中の「神性」が発言しているという、スピリチュアリズムの情報もあります。またこのような情報もあります。カテゴリ:岡潔・数学・情緒

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