宗教も「学術会議」を用意すべきだ

もう、一人の独裁者が宗教団体全部の責任を負うなんて なんてハイリスクなんだろう。

悪魔には誘惑されるし 文句をいう人がいないから一人ぼっちだし 多数の信者の心が一人の手にかかっているなんて。

独裁者が間違っても、信者は簡単にクーデターなどを起こさないので、間違いがかなり増大されます。

そういった本当に信じられるやさしい独裁者がいないと危なっかしいいままでの宗教の仕組みを変えなくては。

自由に考え、自由に議論し、教祖がなきあともますます進化する教え、そういうのを構築するためには、科学技術の大発展に見習う必要があります。

論文をだし、みんなで検証して、再現性の高い インチキの無いすばらしい教えを構築する必要があります。

別に科学ではないので、オカルトの話題があってもいいですが、ちゃんと結果を再現できるうまくいく教えを構築します。

これによって、あらゆるカルト化のベクトルを排除できます。錬金術と科学の違いと同じようなものが表れます。

え、つまり、科学の学術会議の仕組みとその根底にある精神をそのまま教えの構築に適用することで、神ではなく人間が人間にしてはすばらしい教えを作り出せるのです。これが本当の幸福の科学なんじゃないですか?

更にいうと、名誉欲や金欲などをなくすために、論文に載せる名前とかについて、なにか工夫がいるのかも知れません。

匿名でだすとか、できるだけ多くのひとの連名でだすとかです。

学術会議のシステムそのものを学術会議で改良して行く必要があります。

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