カルト宗教は一見すばらしい

< 破壊的カルト宗教についての考察 > このようなサイトがあり、きわめて鋭いカルト宗教の分析をされています。みるべきところは4、5、6番です。カルト宗教の雰囲気は一見すばらしいと書いてあるところです。

「破壊的カルト宗教」は、「あたたかい家族的な雰囲気」に包まれ、「居心地がよい」のが普通である。

これはぐっと来る言葉です。伝統宗教の方が、重たくて近寄りがたい雰囲気をしています。 カルトと言われている宗教は別のサイトによれば「アットホーム」な雰囲気がすると言います。そういえばそうです。くらい雰囲気がして悪いことばかり教えているのは悪魔結社というのです。カルト宗教はそういうものではないのです。 カルト宗教の信者は、純粋なのです。愛や正義のためにけなげに教えを実践しては、自分のエネルギーを失い周りまで巻き込みます。

教義が「とてもすばらしい」時は、お気を付けください!  「ごリッパ教義に納得」してしまうと、取り込まれます。

カルト宗教の教義はとても立派だと書いてあります。つまり、古今東西の宗教のいいところだけ引っ張っておいて、感動させ納得させたその先に、だから教祖を信じなさい、だから教義は絶対です、そういうことにするのです。

カルト宗教は教えも実践も美しいものです。しかし、自分自身から無理をして教団に金や労力を大量に貢ぐように自然となるようにできているのが違うのです。

本来、宗教に差し出した金や労力より本来の仕事や家族、友人関係がはずみ 幸せになる教えであるものこそ本物でしょう。

であるからしてカルト宗教の教えはすばらしいけれど絶対に必要なものがたりないのです。 それはたとえば大げさなプラス思考で後ろを振り返らせないのと、敵を常に作ること、どんなことを考えるのも元となる考え方を用意し、自力で考えないようにします。

自力で悟りへ向かうための情報がじつは全くなく、むしろ自力で悟るのを抑制するはずです。

カルト宗教の組織システムも相俟って人間からカルト宗教の思想や哲学、発想や思考を行うだけのロボットになってしまうのです。

つまり素直ですばらしいと思われている人ほど、気を付けないといけないのです。伝統宗教でも説明していないことがありますが、言いなりになるのが人間の仕事ではないのです。 自力でゼロから修行するべきです。

広告

カルト宗教は一見すばらしい」への1件のフィードバック

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中