カルト宗教ができるまで

ええ。生まれる前は、カルト宗教なんて間違った教えを信じる邪な集団だと思っていたと感じます。

しかし、現代に現るのはもう一つの巧妙なシステムによるものです。

現代のカルト宗教はほとんど正しいことを説くのです。だから、つい信用してしまうのです。

間違っているのは、どこで分かるか? 自分が無理をして崩れるぐらいまで、お金や労力を「自分の意思で」差し出すようにできているのです。自分の意思といっても、選択の余地は実質ないです。

色々なサイトで言われることをまとめると…

カルト宗教の経典には正しいことがいっぱいかいてあります。しかし、それは意外性など全くなく、みんな心のどこかで既に知っていることです。

だから 思わず共感してしまいます。そして、信用してしまうのです。

カルト宗教の設立初期はとくにこの手法が使われ、みんなが盲信するまで、まともな宗教なので、霊的に目覚めた人こそ見分けるのが難しい。

しかし、物事を見分ける能力をそぐように教義が構築されます。

一度深く信用してしまうと、人間の心にも慣性があるので、疑うことが出来ません。何も考えずに信仰するようになれば、お金を差し出すは労働力を差し出すは精神エネルギーも差し出します。

そのために単に信じなさいという言葉が付け加えられます。しかしこの理屈では正しい証明になりません。だれが神でもおかしくないのです。

さらに、全世界を救えとか、危険な事が起きているとか、敵を倒せとか よく功徳を煽ることを言います。功徳を煽るのは大きな罪です。

絶対服従が求められ、縦割りピラミッドシステムが構築されます。粛正できない代わりに直ちに左遷されます。異常に堅苦しい社会です。異常なまでに疲れが溜まります。

大事な教えを改竄し、暗い過去をなかったことにするとか、精神の自律をなくし、教義プログラムの実行機械にしてしまいます。誰も彼も同じ思考をします。信者のサイトは似たような中身です。

度々イベントを作り、パチンコの様に煽ります。わざと反発をかうようなことを行い、結束させるのも手です。わざと惨敗するのもそういうことです。

教祖は堕落し、公衆の目前で怪しげな事をします。しかし信者がいます。信者の勧誘は詐欺ビジネスの様にずるくなります。教えの為なら何をやっても許されます。

仲良しグループの真似事をします。伝統宗教は仲良しグループではないので、緊張した場になるはずです。

外部から見ればトンデモないことをいくつもします。まるで独裁国家、SF小説の管理社会のようです。そういうものが参考にされてしまうのです。

しかし、信じてしまうのは、皮肉にも教えの素晴らしさにあります。にもかかわらずオカルト的な効果はない、もしくは勝手に信じる信者自身のエネルギーだけでおこります。だから成功しても代償があります。

人間の本能にはバグがあります。教えというのは何か恐ろしい力を持っているようです。

教えが正しいものの神の定義がカルト教祖にすげ替えられているため、邪神なので祈願したところで幸せを奪い取られます。

外部の人には理解できないギラギラしたデザインセンスが出てきます。

カルト宗教が立てられる目的は、リーダーがみんなに捧げてもらいたい、みんなに自分だけ最高に愛されたい思いがあります。カルト宗教の教祖は非常におぞましい苦しみを受けた過去を持っているものがおおいと思われます。

カルト宗教の最初の資金源もあやしく、金儲けの為に金を貸しノウハウを教える奴がいるようです。

近年インターネットで流れる噂ではカルト宗教を作れば信者の思考プログラムが同じなので政治工作にぴったりとか

民間でありながら軍隊や特殊部隊の様に使えるのであらゆる工作が出来るなど、権力との関係も指摘されます。

カルト宗教の行動パターンは似たようなものが多く、裏で構築マニュアルが出来ているとの噂もあります。

ここまで述べた話は伝統宗教の過激派も同じようなもので、世界中で災いをおこします。

本物の宗教は教義に予想外の事がいくつも入っており、難しい悩みを直ちに解決します。

祈りは単にするものだと教えられますが、不思議とオカルトな力に満ちています。

結界がありフラッと立ち寄る場所ではありません。

信者に負担をかけません。

さらに、不可知論的な考えを忘れません。人間ごときに真実が分かるか、いかに理解するか、理解させるか、リーダーでも研究するのです。共感どころか理解も苦しい不思議な概念が出てきます。

新手の強力なだましの仕組みが、概観できましたか? この様な仕組みが世の中から消え、愛、空間、心、神、存在というとても説明のつかないことを一切の決めつけなくみんなが研究できます様に。

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憎しみを持った、偽物のいい子

大人に成長するに従って、みんないい子になると思っていませんか?

いいえ、違います。いい子には本物と偽物がいるのです。

つまり、

本当に心の底からいい子である本物と、脅迫や暴力によっていい子にさせられた偽物がいるのです。

悪いことや失敗をすると思い切り脅迫や暴力を振るわれた子供は、そういうことをこれ以上されないために、

本当は悪い子であることを必死で我慢していい子を演じて、いい子になり切るのです。

この過程では非常に大きな念力を必要とします。つかれます。

この改造が終わると、心の表面と奥では完全に違う人格であり、ねじれが生じるのです。これが後で災いすることになります。

つまり、本当は悪い子なので、悪霊(というか悪魔ね)に簡単に魅入られるか、心の底が表に出たくなり、あらぬ暴発や、癲癇(てんかん)、精神病、テロを実行することまで考えられます。

このような贋物のいい子は、私もそうですし、日本の人間にはたぶん結構多いから、治安のよくてサムライや芸者など素晴らしい日本にあるまじき事件や事故が、起こるのだと思います。

また悪いことをまったくやっていない様でありながら、人の良心に作用して巧みに他人を操縦する、邪教タイプもいるでしょう。

偽物のいい子を作らないためには、

本番のセックスは遊びでなく生命をやどすことだと覚悟することと

子供の発育がまだ幼い時は脅迫をせずに愛をあたえてやろうということ

大人には犯罪になるからやらないレベルの脅迫は子供にだって恐ろしいことだということを分かることです。

悪霊退散はもう古い

悪霊は取り付かれると結構心が狂います。かなり厳しいいじめが待っています。喧嘩とかしてもまず勝てません。

悪霊と言えば、神社やお寺などにお祓いしてもらうのが今までの王道でした。

かなり厳しいお祓いを受けると、心がとってもすっきりするそうですが、しかし、心のあり方が変わらないと、また取り付かれます。

だから、どこかのあやしいお祓いはこうして商売が成り立つ分けです。

ですが、悪霊が取り付いているのは、こちらにも執着が存在するから、です。

こっちも悪霊が気になってしょうがないから、悪霊が来れます。

なので、悪霊を無理やり追い出すことは止めて、悪霊をこっちが「手放す」のが効率的と思われます。

手放すというのはスピリチュアリズムで言われる “release” などといわれる方法で、それを悪霊に適用したわけです。

悪霊に出ていってもらうより「一人になりたい」「悪霊を手放したい」そう思う。

呪いもとくというより「手放す」方法が使えるかも。色々なものを手放せます。

悪霊は力ずくで退散させるのは極めて危険ですから、手放すという方法をまずは一度でいいから実践してみて。