素人の方がプロ歌手より歌がうまい

いまは、カラオケや学校の合唱会などで、いい声に育つ人が増えています。

商業CD、歌謡祭や歌謡コンサートと、素人歌唱王、のど自慢と見比べてください。

なぜに後者のほうがはるかに心を揺さぶるのがわかるでしょうか?

それは、どうしてでしょうか。

まず、プロはうまいものだという価値観が、感動を減らしています。これはわかるでしょう。

しかし、一般人にごくわずかに現れる達人の方がプロになってない、プロの方が心を揺さぶらないのは?

不可解デス。

次に挙げられるのは音質の調整です。プロの歌謡祭では口パクだけではなくなにか たぶんノイズリダクションを使っているが、

それが環境ノイズ、マイクの外の空間にあるノイズを減らしてしまい、電気信号を聞いているのに近くなるのです。

これは空間情報を奪い会場の雰囲気が伝わらずサラウンド放送にはマイナスです。

電車で周りの音を聞こえなくして曲に没頭させるためにある、音のない時間を埋めるコンプもよくありません。

生楽器とコンプなしと高音質でリリースしようものなら70’sの真似であることがすぐにわかると思われる情けない曲もあります。そのような曲が大手を奮っている。

会場のセットもあります。クラシックは楽器だけ、歌手だけですが歌謡祭はセットが凝りすぎていて集中できません。しかしセットを簡単にすると飛び入りで見てくれる視聴者が減ります。

最後に歌詞。素人歌唱王は70’sや80’sを歌う傾向にあります。聞くのに心の準備のいる大きな言葉が入っています。なかにはむかつく歌もあります。

今の歌は哲学より単にウケがいいように作られている可能性があります。ヒットすることが楽しみになっているスタッフがいるようで。

? 何か、いい忘れている。そうだ。本当の達人がなんでプロになってテレビで宣伝されないのか?

こればっかりはわかりません。ひょっとするとヒット歌手の大半は達人の一歩二歩手前で、本物の達人が現れると食い扶持を失ってしまうのでしょうか?

また仲間を同じプロにする傾向があるのでしょうか?

また、今は未熟な若い人にだけターゲットを絞っていますが、そうすれば派手で下手でもいいと考えられる。それにしてもなぜ?

なにか、大衆みんなに本当に素晴らしい音楽を聞かせては、いけないという決まりがあるのでしょうか? もしそうであれば愚民化である。

素人のうまい歌手に会う方法。それは民謡大会でしょう。実際にいったことはないがYouTubeで見ていてすばらしい。しかし歌っているのはJ-POPと全然違う演歌とも違う「伝統民謡」なので、声フェチにはいいんじゃないかな。

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