まじめな心がサイコパス、略奪者に道を譲る

私は、大変なことに気づいたようです。

古来、人間は、まじめで、一途で、やさしく、穏やかで、努力する、そうした人であれといわれてきました。

ただ、よく考えてみましょう。我がままな人間に道を譲っているのは、こうした考えの印象です。

まず、人一倍努力するという考えは、苦労を人よりする につながります。楽できる手段を選ばず、サボるやつの仕事が回ってきます。

穏やかである、ということは、瞑想をするように動じない意味があると思われます。ただ人によっては争いをせずサイコパスにしたがうように解釈するでしょう。

優しい人になる、はやはり解釈によっては争うよりサイコパスにしたがう、ということになる。

一途である、あきらめないということは ブラック企業から抜け出せない人間につながる。過労死は日本だけで起こるので、英語もkaroushiです。あきらめて他の手段を使って、速く幸せになることもできます。

まじめである、これも解釈が難しいです。なぜか学校で「まじめ君」と呼ばれ揶揄される子供が多いです。まじめすぎるとくだらない楽しみがないため、心がかれてしまう。頭の悪い皆にあわせてはいけないと思っていたら、いつのまに心が枯れている。バズワード「意識高い系」を使って潰されてしまいます。

このように、世の中でしきりに説かれていて、無条件で受け入れることになる教えが、じつはどの方面でも使えるとは限らず、

結局サイコパスや、政治や金などで人を支配したい者、略奪者や破壊者に道を譲る、これが問題です。なぜかというと悪いやつに対しては抵抗するような教えはなぜか習わないので自分で身につけないといけないのです。

カルト宗教がいいことだけいって人を支配しコキ使えるのはこのような現象も原因の一つです。

このような教えは喧嘩の多い国では有効だと思われますが、日本においては、日本を弱体化させるための兵器になっていると思われます。

保守の皆さんは本当に基本的なことを理解されているでしょうか?

そして、今までの宗教で王道とされた心の在り方が、真実の片面であり、それだけではまだ脆弱性があるのをわかっていただけますか?

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