一番国民を支配しきっている国は日本ではないのか?

日本人はとても素直で、優しく、まじめです。

日本人は(カモにされつつ)世界で愛されています。

日本人の民度は世界一で、平和その物の国です。

でも、そんな日本で変なことがあります。

鉄道は絶対に遅れませんが、遅れるとすれば、それは駅員の業務態度でなしに なぜかお客様が自殺されるということです。

それから本当に安全なはずの原発、信頼の日本製で有名な国なのに 爆発しました。これもおかしいです。

過労死という言葉があります。仕事を辞めればいいのに、辞めないで疲れ切って自殺する、海外ではありえないことです。

日本人は人のために働きすぎ、無茶を受け入れ、他人と同化し、自分の中にストレスを抱え込んで最後にはしんでしまうのです。

キッシンジャーは中国の毛沢東こそ人民を完全に支配したといっていますが

おもうに 日本こそ上の立場の人への不満があまり出てこない、右に習え、国民を支配しきっている国なのではないのか?

しかもそれは悪いことだらけというのも 間違っていることです。

日本の皇族や政治家はあまりにもふざけたことはしませんから。国民がついてゆける人たちですから。

なんだかんだ依然として日本人はたくさんいるし、まあ日本人らしさものこっている。

民主党政権が5年程度でなくなって、信用できる菊の紋の自民党に戻りました。

混乱するでしょうが 国として実はわりかしうまくやっているのではないのか? で、にしても不自然なことは大きい、

対策としては日本人が自分自身の人権をしっかり認めるべきだと計算しました。自分でもうまくできる自信はないです。

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カルト宗教の信者でも心の底では信じていない

自分がカルト宗教を信じていたとき 盛んに神の名を心の中で叫び、毎日お祈りをし、そこの本を読んでいました。

信仰!信仰!! 支部でも精舎でも信仰の言葉を聞かない日はなかった。

しかし、心の底はどこか勉強をサボるようについてゆかない部分があります。そんな自分でも学校で塾で明治時代までの歴史はスっスと覚えました。

何故、こんなにやる気に差が出るのでしょうか?

本物のオカルトの教えで人間の心の底には神性が宿っていて 自分だけでも善悪やよい方法が分かる。

底の部分が、この方が神様だ 地球文明を作った えらい という説を飲んでなかったのです。それは当て感に出ます。

心の底が納得しない内は、偽者は打ち砕かれる可能性がある。だからそうされない内にカルト宗教では信仰!!信仰!!と心に刻み込んでいるのだ それを止めない日はないのだ

そうかんがえたのです。だから、なんどもこの方は神様だという、さらになんども信仰は第一だというところは怪しいということです。

さらにしきりに特定の対象を絶対的に信じさせようとする宗教は伝統宗教にもあるが、そこもあやしいのです。キリスト教はかつて植民地支配を助け虐殺や奴隷を認めました。

教派にもよるがしきりに特定の人間や「単にわがままな」神に対する信仰を説くところは真理から遠ざかっているはずです。

スピリチュアリズムは実は厳しい

最近はスピリチュアリズムが復活していて、本屋に行くとそういう本があります。

基本的な運命の開き方、心の整え方が載っているでしょう。

スピリチュアリストはネットでつながっているので、いろいろな情報を得られます。

がしかし、それに集中してゆくにしたがって、何か奇妙な現象が起こりませんか?

霊が見える、霊の声が聞こえる、人の心が読めてくるなど、不思議なことが起こります。

そこで有頂天になってはいけません。あなたは、もう一つの世界と接点を持ちました。それは喜ばしいことなのか?

この世でもあの世よりはずっと少ないであろうが結構な数の霊がいます。そうした霊の存在が分かるということは、

悪い霊からの防御が必要であるということです。これは、最初は結構体力を食います。

悪霊が邪魔をしてしょうがないことや 悪い霊が高級霊を名乗ってくる騙しがあります。高度なので、一発では見破れません。

とにかくその霊の言葉を聴き続けて不幸になったら高級霊ではありません。シルバーバーチは 自身の我が強くなったら偽者といっているようです。

人の心が読め、霊的な波動が分かるということは、それに邪魔されて調子が崩れることがあることを意味します。

この世ではちょっと前に鈍感力という言葉がはやったぐらいですから、鈍感なやつって結局かつのです。上司になったりします。まあ地獄に落ちる人もいるでしょうが。

敏感なことって意外と弱みになるのですよ。これは心を強化しないといけないが、しらないとすぐに弱みをつつかれる。ええ、生きている人間からもです。

これで、調子の悪くなる人間が増えているのが現代です。宗教もどっかおかしいがスピリチュアルは何でも自分次第ですから、気をつけて下さい。

まずスピリチュアルの世界では直感の方が当たります。そこは科学の世界とは真逆です。本当はロジックで考えているのに直感のふりをしている考え方ではダメです。ピンと来て下さい。もし直感が外れまくっているならその逆を選んで下さい。

それから煩悩が吹き出さないように、厳しい修行をするのは心の体力がついてからです。我が残っているのは人間として当たり前で、無闇に純粋な存在になるのは危ないことです。

自我は悪霊や悪い人から身を守ってくれます。下手に自我をなくすと操られます。すこしづつ心を改めましょう。

それから食塩で精神安定悪霊退散はもう古いも読んでみて下さい。

幸福の科学の二世がこじらせる理由とは

幸福の科学とは聞こえがいいですが、どうも素直で正直な子供ほど傷つくようにできています。

その表れとして、めずらしいことに宗教内に不登校や障害児のサポート施設があります。

そのわけを説明します。

まずは、親が子供を愛するのではなく、教団に尽くすようになります。

今は子供を抱きながらスマートフォンを操作する親が問題ですが、

会員との長電話や まだどうしようもない子供を通勤電車に乗せて講演会につれまわす、それを子供の守護霊はわかるからいいことだという。

なぜか子供向けの講話は支部では少なく大人がワイワイやっている裏で母子室では子供同士で遊んでいます。

子供は養分がもらえず、ほったらかしにされる命の危険を感じます。 そんな母子室もいまの支部にはなさそうです。

幸福の科学の教えはとても厳しいです。一見本当の真理に見えますが実践しようとすると心に相当な無理をかけるようになります。心は安楽にならず無理が来て心の調子を崩すような教えです。

それは正しい存在になるということです。人間は「ダーウィンが来る」の動物より賢いが生き物です。間違いや煩悩を無理にふさぐと大変なことになります。

悪魔との対決や己心の魔というキーワードを持ち出し、仏に抗うような思いをなくそうとさせる。そういった思いと戦わせる。仏に抗うことの恐怖、その後どうなるかを植え付ける。そうして、信仰を高めますが、

実は悪に転落したときのフォローがこの教団にはありません。たんに祈願や研修をさせ、法話をきかせますがそれっきりです。むしろあえてそうやっている。教えの通り自分の邪心と戦ってみてください、やつは無茶苦茶に大きくなってアメコミのようにいつまでもシリーズ化できますから。そうして戦いまくって、不退転の境地にたったと確信させますが(何度でもね)。祈願でどんどんお金を払う寸法です。

いざ自分の邪心が吹き出すともう自分はおしまいです、仏を信じているはずなのに悪魔と同じ想念が吹き出して他の信者をいじめるとか犯罪とか何度でも神を潰したくなったりあげく霊能力で大災害や大事故を起こしては証拠などなくだれもフォローしませんから。

妄想したらきにしないこと。きになるなら自分の心を説得させましょう。どうもしようもないならがまんしない。

無理に実践すると、生命体としての働きが薄れ、性格が消え、さらに無防備になって悪霊に入られることもあるのだそうで、たぶんわたしもそうです。

我の結構強い人は、幸福の科学の教えで我を少し自分に都合がいいように引っ込めるので、調度良くなり、結構うまく行きます。

本当にいい人は自分を消す方にどんどん自分を持っていくので、いい人ほど弱いのが幸福の科学です。

我の強い人が、お前はこれがこうだから暗くてネチネチしているんだと一言二言で相手の人生の悩みを片付けて見下すことができる。すごい教えです。

幸福の科学の教えは、真理と言うより、真理のステレオタイプであります。これは真理だろうと思わせるように書いてあり、意表をつく言葉はありません。霊言もステレオタイプです。伝統的な教え、とくに原始仏典は意表をつきます。

悪霊や悪魔ををとても怖れ、自分たちと違う人間を見つけると心の中で見下し、さげすみ、さらにエルカンターレファイトを叫び、戦いを挑みますが効果はなく、こちらが怖れるほどに悪霊のたぐいは強くなるので、たいへんなことになります。

霊と話ができるようになることも、実は少なくはありません。しかし、教団を保つために真実を捻じ曲げているので、偽者や勝手な自分のイメージでできた霊が来ます。

守護霊の概念も鬼門であります。守護指導霊を期待していると勉強の答えを全部教えてくれる霊が来ることがある。その霊のいうことをホイホイ聞いているうちに霊に心を奪われ、気がつくと自分がやるとは思えない趣味や進路や職業の選択をして、さらにそういった悪霊が自分をのっとったことで悪いことが平然とできる人間になってしまうのです。これ私は日能研のときから何度もやられました。もちろん文殊のお守りを持って中学受験に失敗、いまそのお守りで家族が複数の英語の検定で何度も惜しいところで落ちます。

本物の守護霊は勉強の答えを教えません。辛いことだが自分がわからないといけないことはむしろわかるまで待っています。こういったチャネリングの罠は一般のスピリチュアリストもハマりやすい。

悪い霊ではないと付き合ってゆくうちにやっぱりドツボに落ちることが少なくありません。見破れるような教えはありません。信者が自立したら教団が崩れるからです。

悪魔に対抗することをしきりに叫びますが、悪魔が実際に来たらどうでしょうか?事実精神が錯乱するだけで、何も対処もできないのが普通なのではないでしょうか。

悪魔と喧嘩して勝てるわけではないし、祈りも通じないシーンが多いと思います。本気で対決をすると、悪魔の本気は恐ろしいものです。変えられるのは人間です。

なあなあな展開に持ち込んで、喧嘩もしないが友達にならない、飽きて双方帰る展開に持ってゆきましょう。

本物の神様なら悪霊を祓ってくれるでしょう。ただし我欲ではダメです。こうなるべきなんだという気持ちが大事です。幸福の科学の祈願、研修では「成功」とくに「出世」「大金持ち」などを説いており我欲を増長させるので祈りが届きにくくなります。

どういったメカニズムなのかをまとめると、

信者は幸福の科学にのめり込むに連れ「無我」なんて仏教用語を持ち出すが要するに自分がいい人になって純粋になって個性がなくなるんですね。

それから自分のやりたいことがなくなって他の存在に何か言われないとなにもできなくなると守護霊なんていうけれど要するに人間を乗っ取りたい霊に取り憑かれるのですね。

それからその霊はコロコロ邪霊やら守護霊やら声や態度を変えて騙し、仏まで潰したくなる思いを出させ逆に幸福の科学の信仰心、服従心を高めさせ、幸福の科学ずけにさせて精神を激しく上下させ、その苦しみのエネルギーを吸い上げて生きるのです。もう念力で世界に迷惑をかけるまで崩壊しても、一向に止めません。

このオペレーションにより信者の精神エネルギーは0へと収束する。種村修氏のブログでは、死んだ信者の霊が玉になって地獄のさざなみを漂うだけのビジョンを見たという報告があります。

学歴が第一で、いい学校に入れようと親は努力します。子供がどんな人格でも、お構いなしです。目標は菩薩です。ちいさな人間にそんな大きなことできますか?もし子供が自閉症などの「坂にさしかかったらとたんに遅くなるトラック」だったら、無理はできません。むしろ上記のようにそういった人が多いと思われる。

さらに上記の動画のように気持ちでは2時間掛けて蒸気を250気圧まで上げてから常に石炭をくべてもらわないと走れない人もいるでしょう。

親は正しいことを言いまくりますが親が子供にいい子になってほしい理由が自分の我欲や大川隆法のためなので子供は親が恐ろしくなって逃げたり従わなかったり調子を崩すことになる。

正しい人間になるための、厳しい遊びや人付き合いの制限は、心を荒廃させます。よくできた人間でなく、ロボットのようになります。

遊びやゲーム機や漫画やくだらないことや自分の本当に好きなことが悪だという理解だと、その間違いがやがてさらに大きな悪になるでしょう。

祈りが届いている、奇跡が起こっている、救われているというのは実はそう単純な話ではないです。

本当は効き目のないことであっても、信仰が足りないのだともっと踏ん張るうちに、自分の念力で効くようになるのです。神の働きではなく、自分のパワーで効くようになっているので、コストを自分が払うことになります。よって奇跡が起きている割にひどく疲れているはずです。エルカンターレファイトで何かが起こるのはそうした現象の一つです。

よく疑うとわかるのですが、真理でなく、真理の断片を用い、聞き心地はいいが教団に貢がないと心がそわそわする方に持ってゆきます。こんなに「まさに真理だと」思わせて効かない教えは前前前世でもなかったとおもう。

本物の神は豊かなので、布施はいりません。本来布施はこの世で信仰に必要な建物と導師が生きるための資源を確保するためにある。導師は神のしもべなので、我欲で金持ちになってはいけないはず。

もう一つは、正しい教えが逆効果というものです。

間違った神を信じていると、本当の真理でさえ、逆効果になることが多い。本物の神にこう願ったらすごいことが起こりそうな祈りが誓いが教えられています。本物の神に近づくことを目指すのも大事です。

例えば教祖が神ではないとすれば、教祖の「光」が本物の神のエネルギーではないとわかります。そう思うと光が何もしなくても入ってくる。

たとえば幸福の科学に入っているが、いじめが収まらない人もいるでしょう。悪霊のいじめもあります。

明るい心、高い波動を持つと、いじめの念力を退けることができます。幸福の科学も言っていますが、明るい、高い波動の定義が問題で、エルカンターレ=大川隆法を基準にしたら効果がないのです。これは伝統宗教の言う明るい高い波動であるべき。いじめの問題は二世は異常に深いはずです。誰にいじめられているのか、よく問うべきです

アンチは分かりますが小さくてわがままな神様なのでまるで祈りが届きません。まるで救えません。そうした神を基準にするのもおかしくなります。別の記事にほのめかしましたがすなわち裏系の神はリーダー一人で十分で、それで他の有力な裏を追い出したのでしょう。祈りが始まると鞍馬山や高尾山の波動がするはずです。しかしこの2つはカルトではないはずですからやはりよく言われるのが「堕ちた天使」または「ヘルメスを普通のギリシャ神話で理解しろ」です。

さらにもう一つは、種村修さんのブログでは乗り移りといわれるものです。

「主と一体となる」「主のみ手足となる」というキーワードにより、大川隆法の性質が自分に転送されてきます。

もし本物の神ならすごい効果がありそうですが、大川隆法だと定義されています。

大川ならこうするということを自分もやりはじめるのです。

そうすると、いまアンチが指摘する大川の性格や行動そのものをやったり、とくに小さな子供はそう大川の小さいころと同じく暴れまわるようになります。

そこで最後には孤独になり、学力や知識で傷をいやすも、結局社会に出れないというのもにています。

幸福の科学の教えを忠実にやっている子供ほど、苛められやすくなり、孤立します。

教祖のコンプレックス解消のための組織であるので、教祖の生き方が教えになっているのです。教祖が乗り越えられていない問題とまったく同じ問題があたって解決できないのです。

自分の問題を棚に上げて相手の問題をけなしたり、選民思想で上から目線、根拠なき自信と正義、しったかぶりやはったりを噛ます、その裏には嫉妬や劣等感。どこにいっても変な奴です。

教えはたしかに一応反論しづらい正しい教えが多いですが、よく支部で起きることなどを見ると、無意識にみんなおかしなことをやっています。

なぜ、上役の理不尽な要求にしたがい、悪いことかもと疑問を持ちつつ上役には平気で従うのでしょうか。神は正義を自分にだけ都合のいいように定義しているのでしょうか??そうではない。

何も言葉で教えなくとも、行いや仕事で心を正しくできるところを私は知っています。正しいことをかたっておきながら、集団心理や無意識の誘導の仕方がおかしくて、心を汚し苦しめる運命に持って行っているのがカルトです。言葉と、実際に行動や集団生活で心に植え付けることが違うのです。

最後に、人間はうそを見つけると、ごまかしきれません。

幸福の科学でおかしなことがいろいろおきたり、なにか雰囲気の悪さを感じると、疑問を感じますが、

それを心の奥へ押し込めます。しかし頭では喜んでいても本当は心の底は傷ついてゆきます。本当は、心の底では危険を感じます。

おそらくこの現象は支部のいざこざ、サクセスNo1、学園、作務を経験すると出てきます。

するととっさに幸福の科学や大川をつぶしたくなる瞬間が出ます。

こんなときは悪霊撃退、調伏、封印にいっても無駄です。つぶそうとすると大きくなり、きわめて強い悪想念や犯罪までやるかもしれません。

本当は自分の心の底がやりたいものですから。本当の神が横暴なのではない、横暴な邪神を信じていた。そこまで見破りましょう。(じぶんにいう)

このように正義が分からなくなってそこから精神を壊すことになります。

具体的な症例については、サクセスNo1の記事をご覧ください。

幸福の科学に特有の完璧主義システムにより なんと後天的にアスペルガー症候群が発生することがありうる。理不尽な上役からでも命令に従うことを要求されるので冗談やおしゃべりの解釈の仕方がわからなくなり、感情が薄くなります。

幸福の科学に従っていればアスペルガーになる。実際総裁の子供もそういう診断ですから。

これらはアンチになることで解決します。ゆくゆくは幸福の科学をやめ まったく忘れてすっきり生きるのがいいのだそうです。

つまるところ、カルトだとか邪教だとかいわれるのに違和感があろうと、

幸福の科学の修行は極めて厳しすぎる

というところはおさえていただきたい。出来もしない厳しい修行を課して、逆に心が痛みおかしくなるのです。特に金銭面がそうです。これから働きに出る自分を大事にしましょう。

福島第一原子力発電所事故でのNHKの不可解な遠距離撮影

わたしは、3.11のあのとき、NHKの福島第一原発の生映像を見て、

爆発しないのかすごく心配になって、それで悪魔にこころをぐぁっとされて(闇のフォース)念力が出てドカーンという

しょうもない思い出があります。

でも、自分があの映像を見て悪魔にやられないようにする選択ができたとすると自分のせいなのですが、

それでも 何か怪しいところがあるのです。

それは、あのときNHKがヘリコプターから超高性能カメラを使ってわざわざ20km以上先から撮影していたことなのです。

一体元々どのような目的であのカメラが作られたのか。尋常ではありません。ヘリコプターは機体がブレるので、その補正を考えると、低い値段でできそうにもないです。

オカルトやスピリチュアルの世界では恐怖は念力の中でもかなり現実化しやすいエネルギーだといわれます。

またカメラが向いているのでみんな無意識になにかが起こるのかなと思ってしまいます。

まさか、あの生中継が日本中の人間の恐怖心を誘い、ドカーンと「事象」を起こしたのであるならば、

NHKもおかしなことをやっていることになります。メディアは大衆心理などの心理学に詳しくないはずがないので、特ダネも含めて、

まさか、あのときなにかが起こることを実は期待していたんじゃないか とおもうのです。

NHKのスタッフは日本人からずれた人格の人たちなのか?

それから、NHKが手放しで褒めたものが没落するパターンが何度かあります。大衆にはどれが勝ち組か正確に教えてはいけないのでしょう。

それからちんぷんかんぷんな私なりに言う原発事故の原因の解析

  1. 菅直人首相が現場に乗り込んでベントなどの指示をした。しかしみんな怖くて言うことを聞かない。総理は結局帰った。総理が自分から乗り込んできたのだから、あのとおりにやっていればよかった!もしくは菅直人自体が赤い工作員である、という説も有力
  2. 原子炉の5号、6号は無傷。停止プロセスでも出力はしばらくはあるはずなので、それをECCSの電源に出来れば!
  3. 原発はとにかく安全と現場を洗脳したのがまずい。車でさえどんな機械であれ努力して安全にするもの、これこそ第0条。

とまあ、日本らしい失敗の仕方であることよ!

さらに原発反対=左翼といつのまに世論が形成されているのはおかしいんじゃないのか?日本を本当に守りたいなら原発をどうするのか??真剣に悩まないか?