カルト宗教の信者でも心の底では信じていない

自分がカルト宗教を信じていたとき 盛んに神の名を心の中で叫び、毎日お祈りをし、そこの本を読んでいました。

信仰!信仰!! 支部でも精舎でも信仰の言葉を聞かない日はなかった。

しかし、心の底はどこか勉強をサボるようについてゆかない部分があります。そんな自分でも学校で塾で明治時代までの歴史はスっスと覚えました。

何故、こんなにやる気に差が出るのでしょうか?

本物のオカルトの教えで人間の心の底には神性が宿っていて 自分だけでも善悪やよい方法が分かる。

底の部分が、この方が神様だ 地球文明を作った えらい という説を飲んでなかったのです。それは当て感に出ます。

心の底が納得しない内は、偽者は打ち砕かれる可能性がある。だからそうされない内にカルト宗教では信仰!!信仰!!と心に刻み込んでいるのだ それを止めない日はないのだ

そうかんがえたのです。だから、なんどもこの方は神様だという、さらになんども信仰は第一だというところは怪しいということです。

さらにしきりに特定の対象を絶対的に信じさせようとする宗教は伝統宗教にもあるが、そこもあやしいのです。キリスト教はかつて植民地支配を助け虐殺や奴隷を認めました。

教派にもよるがしきりに特定の人間や「単にわがままな」神に対する信仰を説くところは真理から遠ざかっているはずです。

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