幸福の科学の教えはなぜ人を救えないのか

幸福の科学が心地いい言葉をいっぱいときながら、それを実際に使おうとすると

問題をスパッときってくれるわけでなく、ますます悩む状況が多かったのですが

それが何なのか考えてみたいです。

まず、言葉が簡単すぎることです。

言葉が人を動かすということがありますが、幸福の科学の教えは「さらっと言ってます」と会内でよく言われるのですが、

あまりにさらっと簡単に言い過ぎていて、言葉の重みがないです。重みのある言葉こそ、その大事さや力がわかり人の心を変えるヒントになります。

さらっといっている言葉は自分の一転語を見つけることが難しければ、文体に人を救う本気を感じることまで普通の人はできません。自慢話程度のインパクトの薄さです。だから買わないんだ。

その文体の力のなさ、省略どころではありません。これでいいのだと人に突きつけてそれっきりな人間の言い方です。この言い分は会員もよく真似をします。

真理をさもとても簡単なことのように言います。著者でもうまくわからないと書いてある哲学や仏教の本をけなしますが、それで幸福の科学の進化はおしまいです。

真理がとても簡単なことになっているので、なぜこんな簡単なことを実践できないのか、自分や他人を罵倒するようになります。そういう道徳の類を実践できていれば人生に悩みなどなく、ほとんどの人類や信者は悩んでいます。これはきわめて高度な問題です。

もはやこういうきれいごとをいって権威を作っているように受け止められます。

実はよくあるオカルトの話をまとめただけだと外部では言われます。もし「直説金句」「仏法真理」という言いすぎな触れ込みでなく「よくわかるオカルトまとめ」なら受け入れられたでしょう。

なんでも耳障りのいい言葉をまとめるとどうなるのか。真理に至るまでの道は複数ある、いろいろな伝統宗教、東洋と西洋の哲学。何か一つの道で説かれるやり方は、別の道ではそれはよくないといわれたり、理解できないとか、できないことがある。料理でも日本料理と西洋料理は違うでしょ。

幸福の科学の何でも教える主義はつまり何もできなくなる。真理に至る道をずれ別の道へ行こうとしたり迷子になり引き返す。あげくいろいろな真理に至る路でやってはいけないことが全部重なってその場を動けなくなる。さらに真理であっても人類にはまだまだ早いUFOや神秘オカルトや永久機関の存在まで教えては会員が暴走する。このような状況で常に教祖の指示通り動かないと教壇ではやっていけなくなる。

本物の神を信じていれば本当に効く教えでも効かないことがあります。たとえば「光」が教祖に生まれた神から出ているものとされるのですが、量が足りない、よく祈るのです。

しかし、神は教祖ではない、だから教祖のエネルギーと光がまた違うものだと思うと、なぜか自然に光が入ってきます。

普通、人間は複数の考え方を扱えます。だからプランBやC,Dが存在します。幸福の科学の教えではプランBはありません。ひとつの方向に進むことしか出来ず、退くのも出来ません。

実際は総裁が非難する考え方のいくつかを使って他のプランを構築し切り抜ける、しかもそれが正しい状況はいろいろあります。あげく教団が自分の教義からはずれたことをします。

事実信者のブログはどれもだいたい同じことが書いてあります。

それと、やたらと神にすがりつくのをお勧めするようになっています。神だってそれをされすぎるのはいやだし、

自分でものを考え実行できる、偉大な生命の働きが小さくなって、自分が小さくなってしまいます。

いいことは神のやったこと、悪いことは悪魔のやったこと、自分は何一つ行ってないのと同じようになれば、自分の意味すらなくなります。なぜ不完全な存在である自分が神に作られた?

自分への信仰を集めるために大川さんが信仰心をあおったところでどうでしょうか?

星の数ほど(?)の信者は、みんなご利益を求め、光やエネルギーを渇望しています。これらはわがままな我欲でもあるのです。教祖は信者にエネルギーを奪われているでしょう。

教祖がどんなに金を使い、快楽にふけっても無駄です。エネルギーを抜かれすぎているので、幸せになりません。教祖自身が最高とみなしているので、助けはありません。目が死んでいます。

教えはいつもワンパターンで、慣れれば文章の先が見えるぐらいです。逆説がないので、豊かな考えが0、信者も単純な人間になります。

どのようなパターンといえば 単純なプラス思考、単純なご利益信仰、大層なオカルト説、保守にすりより、クライシスが来るとあおる、信じたくないものは事実に近くとも信じない、気持ちいい話を信じる、右へ倣え、都合の悪いことは忘れる、楽をするな努力しろです。

最後については楽ができるシーンや、楽をするべきシーンでも努力を欠かさないので、とても非効率で過労やエネルギー切れで苦しむことになります。

そして最後には大川さんへの信仰、そしてお布施ともって行きます。

このような話が、世界で最高といわれるので、ほかの本を読まない、ネットの心理学を読まない、そうすると、これらの制限により、いったん悩みの袋小路へ入ると出られなくなる。

基本的な、人間の悩みのいくつかは幸福の科学は解消できません。

たとえば妬みや劣等感なんかそうです。

喧嘩をやめる教え、いじめを食い止める教えも弱いです。悪い上司を崩す教えも弱いです。

勉強は暇をなくして苦しんで努力しろというだけですが、記憶力と根性論だけが勉強ではないのです実は。さらに社会ですごく問われる能力のいくつかは受験戦争では問われません。天才の人は苦しんで努力することができず、苦しませると即おかしくなる。

実は神に対する悪意もです。悪霊は単に追い払われるだけのおしえ、彼らと同じような心境に追い込まれても、フォローや反省に持っていく教えがまるでないのです。

選民思想などが説かれており、さらに教えを飲み込みそれを実行するだけ、教えを進化させることもないので、孤立して豊かな人間関係がなくなります。信者同士でも人間関係はパターン化しています。たいていの信者には同じ信者の「敵」がいるようです。

これらの幸福の科学で解決できない問題はなぜか痰壺2ちゃんねるのリーク情報による教祖の性格像からみて、教祖自身が解決していない問題は幸福の科学の教えで解決できないといえる。

妬み、異性問題をうまく解決できる教えがなく、劣等感や心配性を解決する方法が頼りなく、金儲けを最大限に推進し、脳天気なプラス思考で崖から落ち、究極のガリ勉を推進して楽に勉強できる可能性を閉ざす。

じつに、正しい指針を掲げておきながら、他の教えや教団の動きによって、それを実行するのを妨げるような働きがあるはずです。だから単純な善行がいうだけで出来はしないのです。それで金を差し出すほうにもって行けるのです。

さて・・・ここまで述べたところで、この教えにより最大のダメージを負っている人物の一人は・・・もちろん俺も結構やられたもんだが・・・教祖大川さんだと思われます。

いい教えにする能力や努力が足りずに 自分の教えで自分を縛っているように思えます。その結果が教義に反する行動です。

ELISがDOSプログラムであることから察するに DOSに慣れているならプログラミングもLinuxのbashもすぐになれるはずです。そうすればパソコンはあなたのいうことをばっちり聞く部下になります。人間を巻き込まないでください。

追記! 会員の潜在意識を読み解く

会員で困っている人は多いと思います。その様子を探ると、表向き信仰していながら、無意識が逆に動いているでしょう。

危機を煽り、教祖自身がこれをするにはこんなに大きな準備が必要で・・・という >> 無意識では神は信者とともに悪魔や災厄と100%本気で戦わなければならないぐらい弱いことになる。教義に矛盾するが事実には矛盾しない

祈りが効かない >> 我欲をつのらせさらに祈るのでおかしな現象がある 神は弱いと思うかこの程度の信仰ではほとんど救ってくれないと思うようになる

「真理の実現のために」布施を煽る >> 幸福の科学は常に金欠だ もしくは こんなことで自分の財産を失いたくない と無意識で思う

どこの支部でも諍いがある >> 現場レベルでは幸福の科学は本当にしょうもないところだ、浄化しなくてはと無意識で思う

意識のレベルでは更にお布施をしますが 無意識のレベルでは 神は弱く 自分は悪魔に負け続け錯乱し、信仰心が削がれている、ご利益くれくれだけが本心です。

本物の神、宇宙は常に頑丈である。がそれ自体がお布施や応援を求めたでしょうか?神に直接金を届ける方法はない。

追記! 幸福の科学の雑誌The Libertyの意味と真実の報道とは

他の雑誌を読んで心がワクワクする私ですがThe Libertyを読むとなんか頭が重くなります。こんなことのある雑誌は新聞のようでもあります。

一般に雑誌というのは編集長や編集者が思う真実、伝えるべきことが書いてあるものです。そして読者の心を湧かせることに注目しています。

The Libertyを読んでいて、たしかに真実があるかもしれない、しかし心がワクワクしません。どういうことなのでしょうか?

幸福の科学の内部の動きと、The Liberty、The Liberty WEBは関わりがあるのです。

例えば記事の最後に教祖の本の紹介があります。これは本が先にあり、それを読ませるために物事を抜き出して記事にしているのです。

例えば部外者にはわかりづらいが幸福の科学の内部のイベントと同期してUFOや宇宙人、STAP細胞、時事批判記事を書くようになっています。

それから教義からみじんもはみ出ません。記事をどう選ぶか、どう書くのか、教祖の発想の通り。

これは真実の報道というより、教団や教祖の動きに読者を合わせるためにあるのです。本当は報道するべき事実は結構ありますが、

教団に合わせて選んで記事を書いているのです。だから結論のパターンが同じで、大川さんの本にあるとおりです。イデオロギーに満ちているのはAERAやリテラと似ているのです。読者は見破ります。

20年ほど前、宇都宮の「元祖」正心館で楽しそうにThe Libertyのアーカイブを読んでいました。小学生レベルでは幸福の科学の教えはつい納得しちゃうんだよね。

突然あの大きな本棚なくなったのはびっくり。たしか、要するに過去の教えと今の教えの整合が取れないために隠されたはずです。社会主義的です。では、TheLibertyWebの過去記事はどうなっているのでしょうか知りません。

「報道しない自由」が非難されていますが、The Libertyも同じです。

幸福の科学の雑誌の目的は信者の情報統制でしょう。だがしかし、The Libertyのいう通りのことが起こるかです。特に恐怖の予言はです。しかもThe Libertyに讃えられると?これはあなたに判断を委ねます。

あと私はヘラトリトピックスを信者時代に読んでおり、今は削除された記事に触発されて実に無謀な研究をやっているのですが そのことは「リククーブログ」で。何度もやっても実際の科学法則に基づく現象は、私のアイデアもとい妄想にはびくともしません。

つまり何が言いたいのか

信者の方は何をいうのかと憤慨しているでしょう。ただこれだけはピンとくるはずです。

幸福の科学の修行は極めて厳しすぎるということです。

信じつつもかなり疲れているはずです。疲れすぎて筋肉痛ならぬ心を痛め、努力しても逆に心がおかしくなっているはずです。

神社なんか見てください 神職でなく信徒に対しては生ぬるいぐらいがちょうどよく心が育ちますから。

こんな宗教信じるより永久機関の研究やっていたほうがまだまし、でもないです。両方できないことをできると言っている点で、よく似ています。やる方もやる方で、しょっちゅう気が短くなって気分悪い興奮をします。

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