道徳や礼儀の教育は人間を弱らせる

私はいわれたことを文字通りに受け止める人間なもので、

色々しつけられましたが、そう

礼儀をよくしなさい

優しく振る舞いなさい

言葉は丁寧にしなさい

助け合いなさい

許しなさい

暴れるな

勉強しなさい

とか、この様なことをやるべきだといわれてきました。

そういう教育をされると、文字通りな人間はどうなるのでしょうか。

強い、がたいのいいやつに、自分の地位を譲って、パシリになってしまいます。

自分を邪魔する人に刃向かう気がなくなるので、いじめられてしまいます。

他に人に与えることをやって、自分になにもなくなります。

自分のために努力することがなくなって、弱い人間になります。

とまあ、その反発で結構神に対して暴れるわけですが。それが一番いけないことなのだ。

道徳というのは結局なんだったのでしょうか。

適当に道徳を突き破って動物の勝者のようになり、金を儲け、地位を手に入れ、快楽を手に入れる男が結構いますよね。

ジョブスとか、エジソンもそうだったはず。

道徳というのは、どうしようもない一番手強い人を祭り上げて、その下で秩序を築く、人間の政治のやりかたがにじみ出ているようです。

道徳でいっていることが完全な真実とは限らない。むしろならず者に道を譲ってしまいます。

道徳国家日本は現代においてならず者に振り回されてきたのがネット保守の知識です。

道徳を、どこまで突き破ったら、自分にも周りにも最適なのか。それは際限なく追い求めることはできないはずです。

昔から足ることを知れとはいわれてきました。自分が最強を目指していても、どこかの地位にあがれば、自己洗脳がなければ満足してしまうはずなので、その辺でいいと思われます。

自分の地位を高めるべく自己洗脳してしまうと意地悪や暴行をやってまで苦しんでまでそれをやろうとするかも知れませんから自己暗示は気をつけてください。

しかし、自分を守るためには道徳をたまに突き破ってやる必要があるとさえ思ってしまいます。そのような欠陥があるのが日本の道徳なのです。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中