NWOと違う新秩序

これからこのブログでは創造的な話をしそうです。

NWOには怖いイメージしかない。オーウェルの1984とか、何もかも監視され、自由がなく、打ち砕くことができないシステム。

神に祈ったんだ。NWOってどうおもいます?

なんか、神は違うことを考えているらしい

なんだかんだ思いついた答えは、こんな感じです。

それを推し進めるときに使うやり方と、社会の仕組みが、NWOと似ていると勘違いする人が出る

NWOは まさに人の心を殺す

神による新秩序は、「言論統制」「思想統制」が強化されているように見えるかもしれないが、そういう意見は主に悪人や反社会的人物で、多数の人はさらにのびのびと生きることができる。

自由は、ヤリタイ放題できることではない。とされる。そうでない自由は実現する。

社会に役に立っている人物が素直に出世する社会になる。のさばろうとする人間は出世がない。

共産主義 社会主義 全体主義に、似ているように思われるかもしれないが、そうではない、おそらくふつうの人間こそそうは思いたくない、逆に人間の魂がのびのびいきいきしてくる。ココ重要です。

私はむしろ勘違いさせているのはマルクスの方だと思うのですが、資本論など読んでいないもので。とにかく理想主義で総倒れになるとか、道徳が立派なようで履き違えているとか、唯物論では完成しない道徳を完成させようとしているとか、何も知らない人はすごく感動するだろうが、知っている人から見るとおかしくてしょうがないんじゃないのでしょうか。

言論や思想統制、特定の思想の注入をやらないというのではなく、いまの民主主義の段階でマスコミがすでにやっていますから、その方向を変えることがやるべきなのではないのか。

超長期的なスパンになるに連れ「善」といういわば「思想」でないと生きて行けないです。短期的なスパンでは悪のほうが早いですが、滅びます。特定の思想を注入しないのではなく、「善」を入れるべきです。

私はこの限られた生態系において真の自由など存在しないと思います。

毛沢東こそ国を自由に支配したと言っている学者がいるが、彼が邪魔者をパージする喜びを味わっている時点で、それに囚われ、自由ではない。できること、やるべきことは限られてきます。

だからって何でも命令通りの北朝鮮はあの貧乏波動の上に、災害や飢饉で立ち直れないとか、女のほうが強くなって男がひ弱になるとか、むちゃくちゃ。

やはり政治主義は極端な見方がはびこっていますね。現実を見ると、できることは中道政治だ。何を持って人を統制するのか。自由し放題でもだめ、平等悪でもだめ、ガチガチの思想改造も続かない、愚民による民主政治も頼りない。人間みんなロボットになるという平和もだめ。人をコントロールするものはなんであるべきか。まず原点に立ち返り、善の思想を立てるべきです。

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