カルトのアンチは心が死んでいる可能性がある

脳は問うた。おまえはどこで感動しているのか。どこで好きと感じ、嫌いと感じているのか。どこで何かやりたいと思っているのか。

おまえはどこで興奮しているのか。

その瞬間、体の中が静まり返った。何もないかのごとく。

胸や腹にはほとんどなにもなかった。

脳は少し解析して、結論を出した。どうも心は相当に邪魔扱いされたらしい。心はついに他者となかよくし、自分も損をしない方法を見つけることができなかったと。とにかく邪魔だったと。

自分を他人から守ることにだけ心は注目していたようだ。他人に譲らず、自分を通すことしかやろうとしない。こんな心は消される。なぜそうなったかはデータが足りない。まわりで喧嘩がたえなかったからそこで学習したのか。脳が人間の社会が譲り合いと協力で成り立っているのを理解し肯定したときには肉体の背は4倍5倍になっていた。

ついに感情の殆どは脳が計算したものであったと。それは心でいることができなかったからだと。心には権利が与えられていなかったと。

心は散々にいじめを受けたらしい。クラスの同級生の主流は心と仲良くなる意思が存在していなかったと。なにをやっても存在自体が悪か空気であったと。

心は散々に注意され矯正されたらしい。親には礼儀と作法と習慣を厳格にそのとおりやるようにしつけられた。学校では単に先生に従い、まったく新しい提案を出してはいけないことを教わった。体育ではできないことはできないことなのにできるようにならなければ恥ずかしいと教えられた。愛とかやさしさとか授業では役に立たない。国語は何をどうすれば得点が取れるかわからなかった。数学の知能はついになかった。意外にも心がないと解けないのだ。

そしてその裏にはカルト宗教もあるらしい。カルトの教祖にもはや信者の自由意志=心などいらないただきょうその教祖の教えをやり金を貢げばいいだけので、徹底的にそれを少なくするのだ。それも悪いことだと思えないきれいな言葉を使い行動の種類を減らすように働きかけると脳は解析した。

私が1984の映画を見たくない、気味が悪い理由がわかった。この記事は注意標識だからみんなも振り返ってみるべきだと脳は書き込んだ。

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