偉人になりたい、社会に貢献したいという我欲

最近アンチカルトのスレで、転載禁止なのでかけないが、価値観をひっくり返されるようなカキコをみまして。

みんな、偉い人になりたい、偉人伝に出るような人すごい、とか、悟りを開きたい、覚者になりたいとか、思っていませんか。ええ一度はそうおもうでしょうね。

しかし、よく考えてみてください、なぜそういう偉人になりたいのでしょうか。

私はなぜいい子になったのか、それは社会が怖いからです。前のどこかの記事にも書いたはずですが、本気で仲良くしようという空気より、しつけられ自由を制限されて、従っていればいいみたいな、そういうマイナスな理由でいい子になっているのです。

また地獄に落ちたくない恐怖心でいい子になっていたら?

その延長線に偉人になりたいという思いがあるとしたら。偉人になることで、自分の価値を確立し、けなされても跳ね返せる、自信が持てる、異性にモテる、みんなに尊敬される、そういうことを目指す我欲が本当の目的だとしたら?

そういう意志ってかなり歪な人生になってしまうかもしれません。悩み深く、浮かばれない、目標がでかすぎる、自分はちっぽけだという事実を突きつけられる。

なんと普通に人間として生きることに高みを見出すのが一番いいのだそうです。

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