日本人は従うことが得意。従うべき人がいないと?

日本にはすごい秩序があって、犯罪は少ないし、みんな譲り合うし、暮らしていくにはいい国らしいです。

ええ、小さいころから上に従うことをよく覚えるので、そう激しい人物は出ません。しかし、そんな日本にはなにか閉塞があり、外人に負けるときはみんな道連れで大敗します。

太平洋戦争も、バブル崩壊の不況も、それから70年ほどたった3.11でも、なぜか失敗のパターンはどこか共通点がないでしょうか。

それは日本人は従うことをよく覚えるが、人を従わせて成功することがなぜか苦手だ、いざ従うべき人がいないトップレベルの人間になってしまったら、何をしていいのかわからず、指針がないため自らのための闘争に陥りさらにおそらく負けるのだから先に負けてしまえと自滅さえしてしまう。

こんな感じで正しい理解でしょうか。外人がしないような失敗だけは日本人はよくするのですよ。

改善するには、教育システムを変えるのがいちばんいい。秩序を保ちながら人を率いるためには、どうしたらいいのかはよくわからないが、変えるべきところはよくわかる。

苛めに対し相応の処罰を与える、先生の指示を一貫させる、正解のはっきりしない問題を扱える様にする、全く知らないことへの対応力を身に付けさせる、自由に課題を選ばせながら研究ポリシーはひとつのしっかりしたものを身に付けさせる、先生が生徒の人間関係に介入して健全な方向へ導く、ええもっとあるかも知れません。

そしてもう今までの教育を続けてはいけません。子供達の性質が今までとかなり異なります。

昔のようなとにかく駄目なことをしたら単に叱りつける教育は通じません。なぜ駄目なのか、どうしたらみんなに受け入れられるか、理屈で教える必要があるし、怒鳴ってばかりでは何が問題なのかわかってもどうしたら解決するか全く見えてこないので自分の存在に理由を求め生まれてこなければよかったというまでになるかも知れません。

こういった自分を否定させ、自我を崩壊させて新しい人格を植え付ける、旧来の教育は、その根っこのポリシーが堕落して、もはやブラック企業やカルト宗教の常套になり、厳しい教育で知られる舞妓はフィクションでは精密なロボットにされる扱いです。これから世界情勢はどうなるか、どちらにしろ太平洋戦争のころの教育観はそのまま未来へは適用できません。

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