親の愛情は絶対なのか。毒親はありえるのか。

親の愛情は絶対だと言われています。どんな子供でもどんな親でも親から子への愛情は絶対だ、といわれています。

ところが最近は毒親という概念が広まっています。子供の心のためにならない親のことです。

最近は毒親にやられたという訴えを起こす人がどんどん増えています。専門のサイトもいくつもあります。

親はかように子供をいじめるのでしょうか。ありうるのでしょうか。

たとえかなりの悪人であっても、子供はしっかり育てるという傾向にあります。どうもこれは性愛と同じぐらい本能レベルの愛情です。

本能は一族をどう繁栄させ、生き残るかということに注力する。昔ならガタイのいい男、美女に育てたが、今はそう学力、脳の力を良くすることに注力する。そして子供をそっちに向かわせる。実は会話力が一番大事なのだが、何故か会話なんて大したことないと無視する。

親の愛は本能レベルで備わっているものです。肉体の遺伝子プログラムの性質により、親の子供への接し方は色々あると思われますが、

子供に害があるのは「しごく愛」でしょう。正面から愛情を与えず、子供にとって嫌な目に合わせて子供は確かに経験値を得て自立するが、愛が足りず誰からも応援されない孤独を味わうでしょう。肉体は確かに自立できるレベルへ発達するが、心が枯れてしまうのです。

子供に厳格な倫理規制や勉強漬け、ゲーム禁止、など社会から孤立させて親の愛だけで生きるように仕向け、子供の行動、思考を親だけが植え付けられるようにして、完全に親に有線で繋がれデバッグされて、閉ざされた心の空間で優秀な人間になるように培養するが、たいてい失敗します。

そのような人間は自我の芽を親に独自の考えはいらないと潰されている(しかも親の予測不能な行動により、親の心が読めない、人の心を読む法則もつかめない)ので人の意向を受け入れることしかできないので免疫がなく野生のサイコパスや体育系やスネ夫、挙句先生や上司にいともかんたんにこき使われいじめられて終わり(karoushiとかで)なのです。

親の遺伝子プログラムの性質がどうであろうと、私からは心から努力して子育ての方法を探っていけば、かならずそれなりに子供は育つと言っておきます。

しかし先進国で十分なお金があれば子供を産んで育てる、もしくは独身、食うのも水も洗濯も困らない状況で、親が子供のために努力をする範囲が減っているのです。命を親が繋いでくれたという実感が子供には湧きにくい。

さらに心から努力しない親の性質も毒親で検索して明らかで、

子供に知識と体力をつけさせるがしごく愛以外何もしてくれない、その裏には親の親も毒親だった、親自身に心の発達の遅れとか、

更にカルト宗教に取り込まれて子供は二の次でお布施と祈願と伝道活動という自分の時間さえなくなる、ご利益だけが生きる目的みたいな、そういった親もいるようですから、さらに実は教祖自身が毒親にやられているとか。

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ほらね。まあこのブログを見ていれば察しのつく教祖が小さい頃からこれをやられているのです。もちろん会員2世3世も。

井口和基氏の言葉を借りますと、まあ世も末だな、となります。ええ、とにかく生きていればどんな目にあってもいい、そんなフクシアの時代は先進国では終わりましたからね。古い人間はおいてけぼりにしましょう。

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