心清らかで神のために尽くす人になろうとすると魔にやられる

宗教や道徳などで、心が非常に清らかで神のために宇宙のために人のために尽くすと教わると思います。

しかしこれを素直に実行すると、悪魔とも言うべき霊が囁いてきて、なお貫こうとするとまさに攻撃してきたりします。

挙句悪堕ちして自分も不良や犯罪者やカルトリーダーのようになったり、そうでもできないと精神が錯乱します。

理由はよくわかっていません。ただ次のことも付け加えて実践すると落ち着きます。それは自分のためにも尽くし、自分の必要な体と精神エネルギーを自分に与えると決めることです。

自分の入っている宗教がどこでどういったものであろうとこの対策は取るべきです。とくにできたての宗教の場合集団で悪魔にやられる恐れがあります。

さらに日本で行われる根性論の教育について、

人間が厳しい自然界で生きていた時代はまさに正しく、死ぬ気の努力が必要です。昭和30年代辺りまではまさにそうでした。しかし衣食住がコントロールされ感染症がなくなり、自然から離れて、人間だけの世界ができてどうでしょうか。

努力というのはどこまでするべきなのでしょうか。地獄のような苦しみによる努力はまさに地獄霊を寄せ付けます。そういう苦しみや悩みがエネルギーなのです。本気で苦しむことがない、そこに地獄霊を避けるヒントがあります。

できる人間にとってそのような地獄は学校では存在しないでしょうが、まさか私は、と思ったら部活やクラブや塾をやめ身の丈にあった進路に進むことも考えてください。さらに発達障害も疑うべきパターンがあります。

日本の伝統的なしつけは、人を育てるのではなく、むしろ低レベルだが芸だけは秀でた霊を指導霊にさせることが目標ではないのかと、疑うことがあります。一流あたりではもはや乗っ取られることまで良しとするでしょう。危ないです。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中