#さらされ はひどいエネルギーに晒される映画

警告:映画「さらば青春、されど青春」を見てからひどく体調が悪くなった。

歯がとても痛い。手術したはずの親不知がまたいたんできた。顎も痛い。再手術もまた痛い。

変な方向に親不知が成長して噛めない。あの映画には死のオルゴンがあるのでくれぐれも笑い飛ばしに行くだけにして感受性の強いアンチは絶対に行ってはいけません

もし行ったなら、映画を全部見ないと呪われます。途中で出たのが悪かった

更に警告:大半のアンチには脚本もうまくない脈絡も途切れ途切れのただの教祖の大げさな美化だと受け止められるでしょうが、言葉の羅列そのものに意味があり、意味不明な脚本に何か脳を操作する多重の手口が施されている可能性があります。メディア界隈はこういったものに強く、本気を出せばさすが監督です。

魅力がないどころか人と付き合えず本の多読に逃げて哲学書を超速読して悟った気になっている成績主義でマウンティングしまくり宗教リーダーという人の心にいくらでも介入できる夢を目指すめっちゃキモい人柄で、ただ話を聞いただけではみんな吐き気がする人生の映画を

如何にして客に見せるのか、客を釘付けにするのか、席を離れさせないのかという手法は高度な精神操作テクニックでありテレビドラマの監督が本気を出せばいかようなあらすじでも全部見ないと逆におかしくなるぐらいのミーム災害を引き起こすことができるわけです。

いやどんなにおかしくなっても全部見てしまうのが狙いかもしれません。

もはや会員でも映画館で金を払って終わりとか、実際教団が病気が治ると宣伝しても会員の周りにはなにか体がおかしい人が出ているとか、これが実態です。

さらに人生への警告: 努力は苦しんでやってはいけないものなのだそうです。

教祖始め、幸福の科学の会員はみんな苦しんで努力しているのですが、一向に成果が上がりません。

目標に囚われて、楽しんで努力することを忘れていると、心がボロボロになり、逆にシルク・ド・ソレイユの役者は激しいと思える練習をみんな楽しんでやっているのだそうです。

私も努力が苦しいと検索したらびっくりどのページも努力するなとかいてある 気をつけたいです

参考文献:加藤諦三先生の「やさしい人」 を読めば、なぜ中道真一がみんなに嫌われるか、なぜ #さらされ が胸糞悪いのかよくわかります。それはそのまま教祖の性格です。

アルゴラブさんの解析によるとやはり、自慢と愚痴の両方の側面がこの映画にあり、

教祖は親兄弟に対して鬱憤がまだ残っているとのことです。

だがしかし、教祖は同じ教育を今度は信者に行って社会の毒を増大させているです。

いい加減ふるい伝統的な宗教教育は間違っていると言わざるを得ません。神の権威において子供を大人の言うとおりの奴隷に教育する神学校からカール・マルクスは出たと思われるし、

日本の教育、宗教システムの腐敗は目に見えています。神の権威のもとに人間が隣人に対してわがままをして虐待するのなら、神はいなくなりさえするでしょう。

もう、組織システムに信仰を結びつける時代は終わりです。組織はお金を集め、人をまとめ、大きな精舎を作るにはいいものの、信仰が即組織ではなく、組織がないときでさえ信仰は成り立つし、

人の心を作り変えて信仰させるより、自由意志において信仰したほうがよいに決まっています。

その点新興宗教は真理を広めるにしろ組織において人の心を改造することに重きをおいており堕落しやすく、マインドコントロールやトップが魔物にやられるのも少なくありません。

今日もまた会員がカルト映画を見に行く。まるでいつものように。しかしいつもがいつも続くとは、思えません。

 

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幸福の科学のアンチは自分を振り返るべき

最近、私は世間のいろいろな情報を目にして、まったく文句ばかりだし、

明るい情報は人間がとても扱えるとは思えない宇宙的ハイテクばかりで、

どうも気分がおかしいと思っていたのですが、実に私がおかしかったのです。

こう自分が上から目線でネットで文句たれて、周りがおかしいってネットで騒いで、楽しいものではなくなった。

だってそれは誰かをやり玉に挙げてたたくとか陰口をきくのが日本人の日常だし、だからマスコミが政治家をつぶせるのでしょう。

いや、幸福の科学の問題というのはそれだけの問題ではなく、むしろ一つの組織に日本のいろいろな問題の多くの例が見て取れるのです。

それは妬みとか、出世つぶしとか、会員=同僚で喧嘩とか、金を巻き上げるとか、うやむややなかったことにとか、うつ病とか、うつ病をごまかして魂が消えてこれぞロボット工学とか、毒親エリート教育で成功者の裏に多数の精神崩壊した子供とか、派閥争いとか、得意な人にバトンを渡さずに出世バトルとか、どんどん予算が増えるとか、ハコものとか、あげく兵卒は一流将校は三流でしょう。そして日本の幹部職の得意なことは、結局経営能力ではなく、人の精神を使いつぶす力や、敵(しかも特に親しい人)をぶっ潰す力だった。

どうでしょうか。幸福の科学を抜け出てさえ、世間はまだカルト集団の考え方で動いていたのです。これが日本です。そして気が付いたらアンチもそういったことに気づかないどころか、自分も一緒になっているじゃないですか。

どうせならだれもまだ文句を言わない日本国民全員を批判して、日本を正そうではないでしょうか。そう、子供のころからまともな人権が認められる国へ。その時期はもう来ているのです。

例えば根性論です。あきらめて違う道を行くことすら許されません。出来損ないを死なせたり、体の限界まで修行するとなんと自分の魂が消えて、何か達人の魂が入るのです。襲名とかもこのやり方からきている。しかし達人の魂、結構な荒神だったりして、周囲や社会はよくならず自分の魂はいつの間にか死んだ状態で ここはどこだ 私は何をやっていたのか記憶がないって 日本人なら少なくないでしょう?私はただのシャーマンだったのかと。日本の精神的な伝統にはほんとうにこれからも受け継がれるべきなのか疑わしいものがいくつかあります。

もう一つ。中国や韓国、更に北朝鮮を盛んに非難しているうちに、彼らはすごい力をつけて来ました。日本人が受け入れたくないことに、彼らは自分自身がクズだとわかっていて非難を全部聞いて反省し始めたのです。儒教まで手をつけているでしょう。

もう間もなくです。日本は洗濯されるのです。かき回されシワシワになるのです。干されるのです。汚れは落ちるしかありません。今までの日本はもうそこにはないでしょう。違う文化、違う国なのです。幸福の科学アンチはまさにそれをもたらしにやってきたのです