ガキ使での黒人差別問題について

まあ、ネット保守のこっちから言うと、

ガキ使のスポンサーに外資が入っていないかチェックしてほしいと思います。

もし外資が入っているならそっちの工作員が日本の倫理観を崩そうとしているはず。

芸者、和服、武士道、落語、そして神道のある日本という国の番組なのか?

黒人を睨みつけたら「お前本当に日本人かよ」と言われる日本という土地の番組なのか?

なぜ警察24時のガキ使をやったのに今度は「アメリカンポリス」なのか?

広告

広告で文字はどういじられるか

A は真ん中の横線を抜かれたり、いろいろ変えられる

B は左右逆にされる

C はなかに別の文字を入れられる

D も左右逆にされる

E はEだけで使われる

F はかっこいい機械で使われる

G は巨大な性能を宣伝するときにつかわれる

I はもはやアップルのもの

J はカーブが色々いじられる、なかにはまっすぐになってしまう時も

K は韓国

N は斜めの線を逆にされる

O はとにかくなにか入れられる

Q はひげをいじられる

R も左右逆にされる

S は横に寝かされ無限大の暗示にされる

X はとにかくつければかっこよくなる安直な文字

Y はむしろ形状でY字ならY

Z は安直に最強バージョン

H,M,N,V,Wは他の文字と結合されてしまう

また

4 ゲームでもなんでも第四弾から先が出たら超一流

5 は日本ではGOとかけられる

6 は不自然なぐらいよく現れる よくソフトウェアが完成するときのバージョン数といわれる

7 はパチスロ数

8 はSとおなじく横に寝かされる

9 も統計的に不自然なぐらいよく現れる

弱虫がこの世に存在する!

ナイトスクープでいじめられっ子がテレビでまたしてもいじめっ子に負けて、

私は思わずみかんの皮を机に叩きつけたのだが

われわれはその存在がこの世界に対する逆襲なんじゃないかって思う。

なぜか弱虫は存在し続ける、なぜかできそこない、足を引っ張る能無しが同じ世界に存在し続けることが、

それを認識させるということがどれほど大きいのか。

そして世の中のどこが間違っているのかどんな人間が一番知っているのか。何時でもうまくいく人間にはそんなの絶対判らない。

あとサイコパスには何をやっても無駄です。離れるしかない。

日本の厳しい教育について

日本の教育って、厳しいですよね。でもなんで厳しいのでしょう。

何年か前の夏に、帰省したとき、周りの家がみんな立派な木造なのに隣のうちがトタンだったんです。

そこからばあさんが出てきて、久しぶりにめっちゃ大きくなった私を見るなり昔の話を始めました。

私は両親も夫も早くになくして、女手一つで3人の子供をそだてました

戦争が終わった頃で大変だった。でもこのとおり生きているでしょ

あなたのそんな 友達がいないとか就職がとかそんな問題なんなのさ

こんな感じであったと思います。

人間は昔、自然界とともにありました。自然は厳しく、不治の病や、飢饉や、水争いやら、資源を求める戦など、なんとか人間は食いつないでいた。

そういった生きるのが懸命だった頃、その頃の教育は立派でした。ええ。今と言っていることは変わりません。

子供は生き抜く方法を知らない。親や先生や上司は、なんとか生き抜く方法をたくさん知っていました。だから絶対だった。

ぶんなぐられてしつけをされるのは当然だった。ほんとうに死ぬということが近かったから。

できそこないはいじめられた。みんなが生き抜くのに足手まといになる人物はどんどんいためつけられ、排除された。しかしなぜか現代のような魂を殺す徹底的ないじめは存在しなかった。

例えば芸能。ふつう人間は農業をやったり、ものづくりして生きてゆくものですが、そこで芸の道へ進むとは、いったいどれほどの根性でしょうか。思い切り人を沸かして、それでやっと収入を得るものでした。

だからその頃の芸能界の厳しさはスポーツでも今でも残っています。

しかし、現代はどうでしょうか。人間は自然の脅威に打ち勝ち、人間だけの世界ができました。

もう、生きるために、ハードなつらい経験は、必要なくなりました。そうしたら、必死に生きる時代の人間を鍛え、しごく教育が、悪用されだしました。

みんな、楽に生きていく時代、みんなエネルギーを持っています。人間から、労働力を吸い取る時代が来ました。

親や上司の注意は、まったく同じ言葉でも、生き抜くためではなく、自分が得をするための、自分が欲しい人間にするための、そういった目的で使われるようになりました。

いまわたしは、食糧を貰い、障害者年金を貰いながら、そうやってぶら下がって生きている意味がないような、虚しい思いをしています。それは戦争を生き延びる辛さとは、まるで違い、

私の親の世代までは、なかなか理解されないはずです。

そこで、この出来そこないの訴えを聞いて欲しいのです。今の時代、チャラ男やギャルが人の足を踏ん付けて勝ち上がり、協力も愛も無い、作ることがダサいようなクールな時代に、

現代のどこが間違っているのか、一番知っているのは、できそこないたちです。

日本の映画がつまらないことについて

日本で作られる実写映画の質がどんどん下がっているという評判があります。

私は映画は見ない方ですが、そのポスターの画像を見て、臭いと思わずにいれないし、

映画だけではなく、テレビも、音楽でさえ、質が下がっているようです。

一体どういう原理なのでしょうか。

クソなのに売れたWindows95

ところで、今、パソコンを使っている人は、パソコンにほぼ絶対入っているWindowsが、どうしようもないものだったとは、しらないでしょう。

Windows95、Windows98、これらがインターネット時代を切り開いた、歴史上大きな存在ですが、同時に、

  1. アプリがよく落ちる
  2. ひとつのアプリが落ちると他のアプリもぞくぞく落ちる
  3. 一度エラーが起きると問題がどんどん大きくなる
  4. アプリをたくさん開くとWindowsまるごと落ちる
  5. 他の技術が良くなっても、Windowsのせいで64MB以上メモリーを増設する意味があまりない
  6. 裏で支えているのは、更に前の世代の、MS-DOSそのものだった

こんな、どうしようもないものが、パソコンだったのです。全部Windowsのせいで、当時はアンチWindowsの人もたくさんいました。

実はMS-DOSのアプリが動くということも、同じ会社の作ったWindowsが売れる理由でした。しかし客を舐めきっていますね。

・・・いや、これがWindowsを作った会社、Microsoftのマジックなのです。

波長が合う、合わない、そういう言葉がありますよね。

あの頃からMacはあったし、しかもパソコンもMacの値段と同じぐらいだった。Macはジョブスが最高の遣い心地を目指したのに対し、

昔のWindowsはコンピューターとは思えないほどやわで、つまり、一般民衆に対して、最初から素晴らしいパソコンを与えずに、あえてそういう民衆に波長のあう、やわでわがままな仕組みにして、普及したのです。なおMicrosoft Officeはレイアウトの組み方があほでまだそのにおいがあります。

で、Windowsとメディア業界にどんな関係が

例えば、私だって素晴らしい音楽はしっていますよ。Thom Brennanとか。YouTubeで聞いて気に入ったらiTunesやアマゾンで購入してみてください。

いや、たしかに素晴らしいけれど、買いたくはない、そういう人は多いでしょうね。むしろ、大抵の人間は眠くなるので、買えないでしょう。これが波長が合わない、ということです。(ちなみに私は何故かenyaは買っていない)

メディア業界、昔からカネを稼ぐことにも、注力してきました。何が儲かるかって、素晴らしい音楽より、民衆に波長のあう音楽のほうが、売れるに決まっている。

民衆は色々小さなことに精一杯で、精神を高めるとか、真実をつかむとか、その方向には行きません。だから昔から、くだらない、どうでもいい、そういったコンテンツが出回ってきました。

ところがですよ。Windowsはといえば、XPで安定性が40倍高まり、7で完成し、10でクラウド同期と新しいデザインの境地です。それにPowershellという素人お断りの難しい使い方もできるようになりました。依然としてほとんどのパソコンにはWindowsが入っている。

ジョブスもiPhoneを出して、大衆に新しい携帯電話の使い方を訴えて、成功しました。逆に賢い人のほうがAndroidを選ぶのだそうです。

ハリウッド映画も、心の底が何かを思い出すストーリーと、手抜きの一切ないVFXで人をわかせることに成功しました。

日本のメディアコンテンツはどうでしょうか。そう、進化しつつある大衆を、まだ舐めきって、こんなもんでいいや、と。なめられているのは制作者たちです。

コンテンツを生み出すのに必要な金

きかんしゃトーマスは 鉄道模型で作るのをやめて、フルCGになってから、スポンサーがつかなくなって民放から移って他の子供番組とともにNHK Eテレで放映されるようになりました。残念がっている視聴者は多いと思います。

このように良いコンテンツを保つためには金が必要です。特に子供向けとかでは子供は全く記憶がないために端折る傾向にある。アニメの旧セーラームーンはシリーズが進むに連れ映像が汚くなってゆきました。

では、サザエさんはどうでしょうか。私の見解では、最後でいいからフィルムに収録してフィルムの映像で放映してほしい。しかも16mmとかで。セル画にしろとは言いませんよ。

日本人同士の苛め、つぶしあいの手法

いま苛めがたくさん起こっているが、まずその定義をしたい。

だが、現状のいじめを考えると、定義ができないのです。それは被害者が訴えたら苛めということにしかならないのです。

日本人の苛めはまず集団が原点にある。自立した知性である白人の哲学と違い、日本人は烏合の衆でありスズメのように一斉に飛び立ち、はぐれたら食われる。イワシもヨワシも同じ。

とにかくその集団で一番下のカーストの人間は食いたい。中学生の時■■先生が社会の授業でみんなの前で(ええ。私こそ■■先生がネタにしていた生徒です)

人間は猿と同じだ。猿は誰かをいじめないといけない。人間も動物なのだから、苛めはしょうがない。必要悪

ということです。中学の先生が諦めているのです。日本人は猿だったんだ。

その中で、一人の最下位をどういじり倒すかが日本人のテクニックの真骨頂である。

先生に訴えるとする。日頃からジャンプや深夜アニメ、青年誌で罵倒や悪のやり方の知識に詳しい生徒は、日ごろから口が悪いので、苛められっ子が訴えたことを、全て冗談で片付けて、先生ももはやそういう世代なので、訴えを退けることになる。

先生のいないところでやるのはもちろん、苛められっ子が一度自滅行動にでたら、それが最後。■■先生が

掃除用具入れに入れられてドンかん叩かれたら一貫の終わりだ。もうヘトヘトになって出てくる 治らない

今の中学生に良心はなし、あとで自滅反応が起き実際に入ったら実際にやられた。

漫画、アニメで罵倒表現に詳しい子供は、その罵倒表現をそのまま苛めに使う。フィクションの表現ほど面白いものはなく、苛められっ子にとっては大打撃となりうる。

また女子は狡猾で、同じ店に入って、万引がここにいますと、躊躇なく叫ぶことができる。一月程その店から離れていたら、その女子自身が、本当に万引き常習になって自滅した。

また妬みも非常に激しい。知能の差が収入の差になり、人生を左右するので、受験競争やそこから外れた人物とか、激しい精神的な応酬が起こる。ヤンキーではなく、体力も交渉力も学力もある、チャラ男が最強である。

また親と社会の奴隷になったガリ勉はいい仕事につけずに、普通の給料でこき使われ、暗い人生を歩むことになる。

先生は自主性の名の下混乱を放置する。戦後政策により、子供の心を書き換えてはいけないことになっている。それは心の教育であり、ひいてはまた戦争をやる教育だと。だが学者の想像を絶するMIND WARSは教室の中で繰り広げられ、戦争にかった子が、社会をまた支配し、平民を奴隷にする。

更に集団行動、集団責任は、いくらやってもうまく行かない障害児には恐ろしいマインドコントロールであり、極端に自分の株価が下がる。0になってしまえば、自殺をしなくとも、とんでもない暴走をして一瞬だけ教室の場を誰よりも支配し、皆を怯えさせ授業を崩壊させたり、命すら別にいいので、平気で特攻して、あいにく苛めっ子を未遂に仕立て上げ、無意識のうちに顔がむっつりしてキョドった行動を街でやって、街を廃れさせることもできる。更に宇宙や神に怒りが向き(以下略)

そして、いじめた方は、鈍感で何にも気が付かず、何故か何も罰も喰らわない。

実は対策は日本においては数少ない。逆説として、日本特有の、おどろおどろしいゲームをやり、おどろおどろしい漫画を読んで、精神を鍛え、罵倒表現に慣れ、自分がそういった汚いものを身に着けないと、まともに防衛はできません。

さもなくばオカルトに手を出し本物の魔術、例えば引き寄せの法則すらそうです、それに手を出して神社に行かないといけないでしょう。なお組織に加わるとか、占い師やイタコ=チャネラーをあたるとまた金銭を毟り取られる。なんと高額な本をひとつ買うことが近道らしい。

特に相手に罰を食らわせる魔術が重要で、恨みも憎しみもなく静かに「機械的に」エネルギーを反射するのが好ましいです。

更にはフィクションでありながらなぜか異常なリアリティを持つ、SCP財団のサイトを読んで、あらゆるミーム災害、認知災害、異常物品への無意識による防衛も必要でしょう。SCiP防御メガネはどこでうっているのだろうか?

日本人は烏合の衆であり集団が絶対です。集団が命の他の日本人と違い、おそらくこれを読んでいるあなたは集合的無意識から外れて、独立した自我を持っているはずです。これは一億総玉砕なんかになってしまったら一番強いタイプなのです。がんばりましょう。

もはや巷のヒットなんとかやトレンド、タイムラインは全く無視して、自分にあった漫画を買い、自分にあった音楽を探し、自分にあった本を買って、烏合の衆にはたどり着けない悟りを得ることもできます。更に自分で機械や絵やら作品を作り上げるという偉業もできる。

私からの幸福の科学への批判はそろそろ終わり

これ以上批判記事を書くと危ないし、みんな、幸福の科学とは一体どんな宗教なのかもう知っていると思われるので、

そろそろこの次元から抜け出たいと思います。

2017/12/30 結論

こういう年末の節目に 古い神の振る舞いを結論づけたい。

大川総裁はもともと、やはり神なのだと思う。しかし、どういう神なのか。

つまり人間は自分のための存在だったと言うこと。愛なんてない。人間を強い態度で生かさず殺さずに使いまわす神だった。

で、生まれるときも、そういうやり方をして人間を使いまわすように、

醜い姿に生まれ、コンプレックスを植え付け、逆転で人間を支配するように育てろと父に命令し、父はそのまんま実行したのでしょう。だから本当は父親のせいではない。

しかし、もう総裁がこの世でやっていることは、単に威張り散らし、人間から利益を吸い取ることで、霊格はもうどうでもよく、そういったことをしていればいいだけの高級霊の特性もない存在です。

神としての能力も封じています。自分がどんな醜い姿、能なしであろうと、人間からの絶大な愛を求めて、叫びまくっています。

もう、人間が賢くなった日本で、われこそは神だと叫んでも、ハコモノを増やしても、金を集めて豪華な精舎を作っても、それだけで人間は見向きもしません。人間が求めていたのは、やはり神の偉大さであったのです。

そして自分の大事な財産であるたくさんの人間を傷つけて魂を殺してしまいました。まあ一向に介さないと思いますが。

大川総裁は今生は神として自分を地獄に落とすようなことをしてしまったと 結論します。

そして幸福の科学アンチの皆さんから、より進んだ精神で自立した自治を地球で行う、人間の新たな一歩を踏むべきだと思います。

またネットのどこかで指摘があったはずだが、宗教ははじめはカルトだがだんだん丸くなって社会に浸透してゆく説があり、

さらに大川総裁の、毛沢東はあのような政治をしたが絶大な尊敬をされているために天国に行ったという説を重ねると、最後には絶大な尊敬を集めてあの性格で高級霊界に上がろうとする作戦でしょう。霊格ができてからにしてください。あの世の世間も甘くはありません。