日韓和合②

日本人にあって、他の外人にめったにないもの、それは岡潔博士、数学者から哲学者になった人物が言葉にすることに成功したのだ。

日本人は、言葉にせずとも相手が理解でき、無言で協調し一つになれる 喧嘩もない、全部を丸く収めるのだ

なぜ、それができるのだろうか。その輪の中に入ることが可能なのか

岡潔博士の「第二の心」がそれだ。後頭葉が日本人が強くて、これが自分を宇宙へと接続する

宇宙は根っこが一つであり、一つであり全部である、数えることができないのだ

第二の心によって宇宙全体で共有される様々な真理や常識、良心、知恵が理解できる

日本人の高度な精神文明、利他的な行動はここから発生している

日本人でない人がこれらを身につけるにはなんと仏教で言うアラハンの境地を悟る必要があるそしてそれは不可能ではない

事実 韓国や中国にも仏教の出家者がいるし、キリスト教にも本当に偉い人がいるだろう(まあカルトも多いが)日本人は日本人のお坊さんとの心のレベルの差が少ないので宗教の在り方が異なる

アラハンの境地に至ると潜在意識がアンロックされ、霊や宇宙にアクセスできる。宇宙と同期を取れるようになる。

そして自分の本当の目的を理解している、本心とのアクセスが可能になる。

そしてこの境地に至ると人の苦しみを知ると自分も同じように苦しむようになる。人が喜ぶと自分がその喜びを知るようになる。

この理解が日本人と話す上で大事

そしてアラハンを減らす陰謀が世界で繰り広げられている その一つが日本滅亡だった 日本がなくなると悟りの第一段階に至った世界のアラハンが大幅にダメージを受ける

世界の倫理観が危ない状況に置かれてしまうのだ それに仏教ではアラハンを殺すことは非常に大きな罪なのだ。

広告

広告で文字はどういじられるか

A は真ん中の横線を抜かれたり、いろいろ変えられる

B は左右逆にされる

C はなかに別の文字を入れられる

D も左右逆にされる

E はEだけで使われる

F はかっこいい機械で使われる

G は巨大な性能を宣伝するときにつかわれる

I はもはやアップルのもの

J はカーブが色々いじられる、なかにはまっすぐになってしまう時も

K は韓国

N は斜めの線を逆にされる

O はとにかくなにか入れられる

Q はひげをいじられる

R も左右逆にされる

S は横に寝かされ無限大の暗示にされる

X はとにかくつければかっこよくなる安直な文字

Y はむしろ形状でY字ならY

Z は安直に最強バージョン

H,M,N,V,Wは他の文字と結合されてしまう

また

4 ゲームでもなんでも第四弾から先が出たら超一流

5 は日本ではGOとかけられる

6 は不自然なぐらいよく現れる よくソフトウェアが完成するときのバージョン数といわれる

7 はパチスロ数

8 はSとおなじく横に寝かされる

9 も統計的に不自然なぐらいよく現れる

日本の映画がつまらないことについて

日本で作られる実写映画の質がどんどん下がっているという評判があります。

私は映画は見ない方ですが、そのポスターの画像を見て、臭いと思わずにいれないし、

映画だけではなく、テレビも、音楽でさえ、質が下がっているようです。

一体どういう原理なのでしょうか。

クソなのに売れたWindows95

ところで、今、パソコンを使っている人は、パソコンにほぼ絶対入っているWindowsが、どうしようもないものだったとは、しらないでしょう。

Windows95、Windows98、これらがインターネット時代を切り開いた、歴史上大きな存在ですが、同時に、

  1. アプリがよく落ちる
  2. ひとつのアプリが落ちると他のアプリもぞくぞく落ちる
  3. 一度エラーが起きると問題がどんどん大きくなる
  4. アプリをたくさん開くとWindowsまるごと落ちる
  5. 他の技術が良くなっても、Windowsのせいで64MB以上メモリーを増設する意味があまりない
  6. 裏で支えているのは、更に前の世代の、MS-DOSそのものだった

こんな、どうしようもないものが、パソコンだったのです。全部Windowsのせいで、当時はアンチWindowsの人もたくさんいました。

実はMS-DOSのアプリが動くということも、同じ会社の作ったWindowsが売れる理由でした。しかし客を舐めきっていますね。

・・・いや、これがWindowsを作った会社、Microsoftのマジックなのです。

波長が合う、合わない、そういう言葉がありますよね。

あの頃からMacはあったし、しかもパソコンもMacの値段と同じぐらいだった。Macはジョブスが最高の遣い心地を目指したのに対し、

昔のWindowsはコンピューターとは思えないほどやわで、つまり、一般民衆に対して、最初から素晴らしいパソコンを与えずに、あえてそういう民衆に波長のあう、やわでわがままな仕組みにして、普及したのです。なおMicrosoft Officeはレイアウトの組み方があほでまだそのにおいがあります。

で、Windowsとメディア業界にどんな関係が

例えば、私だって素晴らしい音楽はしっていますよ。Thom Brennanとか。YouTubeで聞いて気に入ったらiTunesやアマゾンで購入してみてください。

いや、たしかに素晴らしいけれど、買いたくはない、そういう人は多いでしょうね。むしろ、大抵の人間は眠くなるので、買えないでしょう。これが波長が合わない、ということです。(ちなみに私は何故かenyaは買っていない)

メディア業界、昔からカネを稼ぐことにも、注力してきました。何が儲かるかって、素晴らしい音楽より、民衆に波長のあう音楽のほうが、売れるに決まっている。

民衆は色々小さなことに精一杯で、精神を高めるとか、真実をつかむとか、その方向には行きません。だから昔から、くだらない、どうでもいい、そういったコンテンツが出回ってきました。

ところがですよ。Windowsはといえば、XPで安定性が40倍高まり、7で完成し、10でクラウド同期と新しいデザインの境地です。それにPowershellという素人お断りの難しい使い方もできるようになりました。依然としてほとんどのパソコンにはWindowsが入っている。

ジョブスもiPhoneを出して、大衆に新しい携帯電話の使い方を訴えて、成功しました。逆に賢い人のほうがAndroidを選ぶのだそうです。

ハリウッド映画も、心の底が何かを思い出すストーリーと、手抜きの一切ないVFXで人をわかせることに成功しました。

日本のメディアコンテンツはどうでしょうか。そう、進化しつつある大衆を、まだ舐めきって、こんなもんでいいや、と。なめられているのは制作者たちです。

コンテンツを生み出すのに必要な金

きかんしゃトーマスは 鉄道模型で作るのをやめて、フルCGになってから、スポンサーがつかなくなって民放から移って他の子供番組とともにNHK Eテレで放映されるようになりました。残念がっている視聴者は多いと思います。

このように良いコンテンツを保つためには金が必要です。特に子供向けとかでは子供は全く記憶がないために端折る傾向にある。アニメの旧セーラームーンはシリーズが進むに連れ映像が汚くなってゆきました。

では、サザエさんはどうでしょうか。私の見解では、最後でいいからフィルムに収録してフィルムの映像で放映してほしい。しかも16mmとかで。セル画にしろとは言いませんよ。

BattleBotsはとても残酷なロボコンですね

最近日本でも注目されるBattleBotsというロボットの殺し合いゲームです。

すげえ迫力だがなんかロボットがかわいそうで観客がみんな素直に喜んでいるのが気味が悪いです。

すべての日本人には向いていません。心が痛む人も結構多いでしょう。だが、心理学では自分の嫌いだけれど気になってしょうがないものはシャドウ、つまり影と言われるのですよ。

私はいじめに何度もあってきました。このままでは魂まで崩壊しかねない恐怖を、何度も何度も、小さな頃から 中学でも、工業高校の「電子科」でも、ええ電子科です。あってきました。

そういったいじめというのはまさにBattleBotsの終盤みたいなところがあって、勝利に近いチームはすごい快感になるし、観客もそっちに賞賛を強く送ります。

日本のいじめは狡猾で、肉体も全く傷つけず韓国人のような張り合いもせずに、静かに、しつこく、見つからず、正義を振りかざして正当化させ、私ではないがどうも起こっているケースでは先生も賞賛を送り 魂をBattleBotsの勢いで壊していくのですから、

アメリカは逆にBattleBotsやRobot-Warで済んでいるし、中国韓国は喧嘩で済んでいるのだ、日本のいじめは静かに正当化され、ターゲットは内側から滅んでいくのだ、自滅ではない自滅をして喜んでいるのはクラスのみんなだ、ということです。

また核家族や共働き、受験戦争やゲーム漫画の時間0で愛がなくなり家族同士でBattleBotsやっている場合もあるようです。ターゲットはよく精神分析され本当は何をされたのか気づかないままこき使われ自殺さえするようです。

日本のカルト宗教も同じような側面がないのか心配しています。

そして電子科でいじめられました。日本の電子科はかくも理性や論理的思考を失い、そして電子立国は滅んでいくのでしょうか。

そして私のまさに次回作にご期待ください。気が狂っているつもりはありません。なんでも基礎的で簡単な実験こそが革新なのです。それはリククーブログで。

正義、正論を振りかざすいじめが一番怖い

[悪用厳禁]社会を大混乱させる人物ができるかも知れません。大阿鼻叫喚地獄に落ちるかも知れません。

この種の攻撃を受けて精神障害を起こしている人がいる恐れがあります。当事者の場合よく気をつけ、いつもいく場から離れることをおすすめします。

私が保育園のころにすごいいじめがあって、一時悪魔崇拝に陥るぐらいだったと覚えているのですが、

周りの人から見たら、俺のせいらしい。

一体なにがあったのだろう。

どうも、私はおかしな人間にされたらしい。

私を極悪非道で、暴走する悪魔に改造できれば、

悪魔だから徹底していじめる「べき」人種になるし、

皆が正義だからみんなが私を攻撃することで、快感を得ます。それはもうエクスタシー並なんじゃないかな。

そしたら保母も正義と認識しちゃうし、

さらに手強いのは、エクスタシーを感じ続けるには、私を腐らしたままにしておく必要があり、

ワザと攻撃の隙をつくったりして暴走させたりします。延々と私の心は治りません。

私の方がひどく暴走するので、私が悪いことになります。しかし周りの皆は時に無意識のうちに焚きつけていることを忘れないように。

もう、どうなっているのでしょうか。

正論をうまく使って、自分でも出来ていない完璧なことを相手に突き付け、

相手の自信や独立心を奪い操ることが出来ます。

これはじつはカルト宗教もよく使う手です。

そういった言葉は正論にしては肝心な何かが欠けているので、注意。

自分の正義を主張しまくるうざい人間はなぜいる

正義をつらぬいている人がうざいと思われるのはよくあることだともいます。

いつも正しいことをし、正しい発言をしている、しかし、言葉がうざい。

どうして?

悪いことをしてはいけない。やったら正義を主張され、倒される。でもやりたい。

私の説では、正義の側に憎しみがあるからです。

憎しみが元になった正義は、正義にしてはおかしいです。

正義を武器にして、自分中心の社会を作る恐れがあります。

怒鳴り散らすときその憎しみが姿を表すのです。 本当にうざいと思っていいのはそこです。

嫌な目に散々にあって心の底では本当は憎んでいる正義は、災いをもたらし、延々と悩みに巻き込むでしょう。

これは、職業で正義をやっている人にも当てはまります。

こんな人でも表向きは正義を貫く人です。変です。

わたしは、正義を貫く人の定義を、「環境に優しい」人と再定義したいと思います。

ルールはレールである。

自分の心の中のルールに100%したがっていると、どうもダメになってしまうことが分かった。

小さいころの経験やトラウマから構成されている心の中のルール、

しかし、社会全体が生きているので、そのままでは悪いことが起こる。

そこで、ルールに100%したがっている人は、ルールの変更も別のルール通りなので、新しい発想には限界がある。

まさに、ルールはレールであり、完全にしたがっていると路線を乗り換え乗り換えて元の場所に戻ってしまう。

そうしたら、同じ問題が何度も何度も降りかかってくる!

この様なことは学校生活でもおこり得ます。

しかし先生にしたがうとか、勉強のし方は一定のルール通りなので、それで心の中のルールを完全に決めてしまい、100%したがっていると社会にでた時に異常なまでに混乱することが考えられる。

学校教育でこれが絶対に正しいと教えられた心のルールが実際に社会で通用するかは疑問です。スポーツ教育でも子供会でも多分そうなります。

ルールに100%したがっていると、状態の数が有限で多分一定の数になるので、有限オートマトンと同じになります。これは要するにロボットに等しい。

なんでもコンピューターでできるのはコンピューターのプログラムを創造している人間がいるからで、人間の発想がルール通りだとロボットになる。

自分をアンロックしよう!

それには「ルールにしたがえという命令を撤回します」ときっぱり思う。