ギフテッドバスターズ幸福の科学

幸福の科学は障害者福祉にも力を入れていると喧伝しています。

しかし、その教義は障害者の魂を殺してしまうものであります。

ギチギチのルール。発想力なく従うだけ。脅威にも抵抗できず、信者の親には健常者のごとくしつけられ、生まれ持った限界にも抗えず 無茶苦茶なことになります。

今台湾の慰安婦像をけるポーズをしたのが監視カメラにとられ、台湾、中国、そして世界から猛抗議を受けている藤井実彦はネット上の痕跡から実質幸福の科学の会員であると認識されているようです、幸福の科学の会員は偏狭で自分が正しい、そして自分の正しさが絶対に社会に受け入れられるという幻想をいつも抱いている。

このような会員のもとに生まれてしまったギフテッドは 生まれないほうが絶対に良かったぐらいの仕打を受けるのです。何が障害者は救済のためにきたのだと?いやもうそういった意味がないと思われるぐらいだ。だいたい親もそうだ、霊格が高いと社会から浮いて孤立してしまうから、そこを麗しき教義のカルトがさらって搾取してゆくんだ。

いつも幸福の科学は、保守や正義や公平と掲げ平和を謳い、そういった 真理を 広める 仲間だと 信じさせて、どうも仲間を損させることをよくやるのです。それは常に過激派の暴走だとか、そんなやり方では世間は引くだろう、と、受け止められるのですが、常に、というところが、逆に工作を疑ってしまうのです。

なぜかこれほどの教えはないと思われる幸福の科学の教えを学び、実践すると、どういうわけか混乱しておかしくなり、争うようになり(しかも内ゲバ)、あげく精神崩壊するという、そういう現象もしばしば起こっているようです。これは完璧主義と排他性、情報の鵜呑み、実質的なエゴの肯定で説明できますが、とにかく無茶苦茶になる教えをさもうるわしき言葉のように説明できるのがまだ未解明なミームなのです。元信者には不快な画像をたくさんネットにアップして精神崩壊しているような文を書く人もいます。

そして日本を損させて、ギフテッドを生まれた意味をなくし、あらゆる救済を潰してゆく、なぜかそういった自分までいつも損をするような不幸を自分で選ぶのが幸福の科学なのです。そして損をし続けても一向に資金は尽きません。これもまた不可解です。

慰安婦問題については私は藤倉善郎氏と同じく、よく知らないと言っておきますが、実際に慰安にあたった女性がいるのは確実で、この暴力的なやり方では絶対に彼女等から怒りを買うし、世界のほうがもはや日本より個人的人権に取り組んでいますから、蛮族だと思われます。

もうこんなことで白を切っていては絶対に世界の怒りを買います。これは人間のやる事ではなく、広島の平和の炎を消されるようなことです。

とにかく幸福の科学と組んでいる保守派は、残念だが今すぐに幸福の科学からもらった資金を全部返して、手を切るべきです そうしないとすべてを戦争へと巻き込むかもしれません。

とにかく幸福の科学と一緒に歩むと、幸福の科学がなぜか巧妙に失敗をして、自分の立場ではぎりぎり許せても、一緒に世間からの評判を下げ、伝えたいことが広まらず、実践もされず、ともに不幸への道を歩むので、くれぐれも離れるように。障害者もはやく「津波から逃れよう」。

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良い言葉だけを使って人を破滅させることができる

カルト宗教の問題は根深く、私のなかでも相当に損傷があり、アンチカルトのしんがりとして最後までやるかもしれない意気込みデス。

カルト宗教こそ、真実を語り、人を惹きつけ、こき使うことができるのです。なぜこれほどまでに輝いた光の言葉に苦しめられるのでしょうか。

積極性を忘れるな。ええ。積極性。大事ですよ。でも、向こう見ずでやみくもに取り組んで、金も時間も失ってまた積極性、でしょうか。消極性もとても大事になるパターンがあります。宇宙用のコンピュータや銀行システムのメインフレームコンピューターは頑丈で性能が「かなり低い」という特徴があります。宇宙用で20年、メインフレームで10年「遅れています」

確実に動くことが大事で、積極的に技術を取り入れるわけには行かないのです。

このように、いい言葉であっても、二面性があり、間違ったところで使うと、大変なことがあります。言葉になった時点で真理から偏りが生じ、「逆もまた真なり」という状況が生じるのです。

カルト宗教ではもちろん積極性を忘れません。そのほか、ひとつひとつの言葉が何か特定の方向に信者の心を誘導するのです。沢山そういった言葉を与えられると方向がはっきりします。それはこき使われるということです。最近では、精神を破壊されまくるという効果をもたらす場合もあります。誰も得しませんがやりたくなる人がいるのです。

つまり紛れも無い真理の言葉を使って人をこき使い、破滅させることができるのです。

カルトに入っていると、自分がとても小さく、罪深く、ミスが多く、自分のわがままな意志よりも神に従い生きてゆかなければならないと思うでしょう。

ええそれは人間だから、それが真理なのです。

また真理を伝える事はとても大事で、それをやっている教団を潰すのも大きな悪だと分かるでしょう。

真理を実践するなんて必須でしょう。

でも自分を追い込んで破産することもあるでしょう。謎の精神不安定が発生する。まわりみんなも苦しみ叫ぶ。ろくなことがない。それが何なのか。

つまり教えではただふたつ教祖の神格化、自分の教団の絶対視だけが間違っているのです。教祖があなたがつくすべき神ではないのです。それは教団のやっている活動や 教祖のたわいのないことば、声質、張りつめた空気 会員同士のいざこざ 社会的信用 ディストピアの概念を知るなど 教え以外のすべてもちゃんと測定するべきです。また祈りの言葉は教団の性質があらわれやすく、そこで見破る事もできます。

ザ・クリエイターは人間に生まれることはないし、宇宙の真理は古代から現代までいろいろな悟りたる人物に開かれ、救世主は一人ではなく、あちこちに生まれてきたし、今はさらに大量のクラスターになっているのです。そして出来そこないのあなたにも、余裕が実は、与えられているのです。

直ちにこういった操作を見破るのは非常に困難です。むしろ直観の方が素早く、とにかく真理を実践し広めるのができないと判断したら速逃げるのが大事です。常に自分に都合のいいように教団の教えを解釈しないと心の奥底が持たないというのは危険です。恐ろしいことにその宗教の教えを全部やぶったら直ちに人生が成功へ向かっていった、ということもありえます。

いやはや真理とは恐ろしいものです。くれぐれも神の存在は自分の知能だけで確信し、宇宙の真理は自分自身だけの力でつかもう

日本が大川隆法を産んだ

ネットウヨクを始め日本はすごい国だと自分たちで盛り上がっている日本ですが、

ここのところの無条件に体制を褒め称えるネット右翼がたくさん出てきたために、日本の本当に改善するべき面を無視することが多くなっているようです。

たまには自分と真逆の意見を持つブログを見てみませんか?確かに危ない思想もありますが、的確な記事もあるのですよ。こういうのを見て、3歳ぐらいの自分が思ったことだと思いました。

にじ魂 没落国家ニッポン

マジで嫌だという記事は見なくていいから 情報ソースをちゃんと引っ張って日本のここが悪いと言ってくれる記事を 都合の悪い事実と向き合ってみてください。

逆に日本では体制を非難する 中道もしくは真の保守がめっきり少ないので浄化されにくいとも言える。日本の欠点を言ってくれるのは日本では左翼だけです。英語で外人がわんさか言っているようでもあります。

そうです。 日本に大川隆法みたいな人間ができるのは 必然に近い ことだったのです。

偉大な魂を潰す仕組みが日本にはできているのです。とくに子供を。

出る杭は打たれる。嫉妬も激しい。親や先生や先輩、軍隊式に自分に従えと教える。日本人が本当にほしいのはロボットなのです。

親には(あなたのためではなく親自身を守るために)勉強しろと言われ

友達や同僚には ちび デブ とか、オカルト好き、でいじられ

先生や目上の人には認めてもらえない。

どんなひとも自分の思ったとおりでない人間を潰そうとする

それは、大事な使命を持って日本に生まれたほうが 損だ ということです。日本人は自分を良くする気合や隣人愛そのものがないですから。

日本の戦後の管理教育は、出来そこないのAIを出来るロボットに仕立て上げてゆくのと変わりはなく、

とにかく頭に記憶を詰め込んで、それを出すだけで、自分の自由に使える知識などまったくなく、上司に従うだけです。親も懸命によく出来たロボットに子どもを育てようとします。

今上司も管理教育で育てられているので、誰も判断力を持ちません。

そしてわれわれのようなまじめくんに人間として生きる道など無く、

そんな中必死で勉強して、人より上に立ち、世の中を変えようとする大川隆法ですがかなり自分自身に無理をかけているようですね。

結局目立つほど悪いことになる。それが優秀だということであっても。いや、優秀であればあるほど叩かれることを知らずに、オーバーヒートしてしまっている。

結局、チンピラやら暴走族とか、そういった自我を持っている人はみんな暴れるしかなくて、そういった人だけが結局社会で出世したのです。大川隆法も宗教の教祖になることが、世を救うのではなく 弱い自分を最大限守り、大きくする道だったのです。

で、宗教を始めたが、結局こういった日本のおかしなところに恨みつらみを持ってしまって、中身のない綺麗事の演説とか 強硬な態度とか 箱物とか 脅しとか 布施=税金とか 数字とか、 見事に大川隆法総裁自身が、日本のええい、政府自民党も民主党も幸福実現党も同じだ、体制そのものの縮図なのね。これは恥ずかしい、だから恨みつらみは持たないで 憤りだけをぶつけろって何度も言ってるじゃないですか。

抵抗は無駄だ。お前を日本に同化すると言われているようでもあります。日本は怖い国ですね。天然の監視社会、天然のブラザーフッドではないでしょうか。

どう思われますか大川隆法総裁の仏性は・・・ ハルマゲドンが起こってしまうのでしょうかね。

7月7日追記:大川隆法総裁や我々の荒んだ心を作り出した日本がついに大川隆法総裁の誕生日に大災害にあっています。なぜか今のところ、西日本が大打撃です。四国ももちろん。これは洪水とはいえ3.11を思い起こさせる規模です。これはさらに、支部とか精舎も無事ではないでしょうね。

8月21日追記:日本の産業界は下っ端の工員だけを大量に求めて管理教育を推進したが 工員にしかなれない人材ばかりで自分たちを亡ぼしています

8月20日追記:カルト宗教は知識や答えを沢山与えることで人をこき使います。また日本の管理教育でも答えを与えまくって働かさせるのです。自分で得るべき答えを与えられてしまうと、与えた人にこき使われるだけです。

電気に興味があるが、こき使われたくなければ 数学や電磁気の予習や じぶんのへやで一番安い測定器キットや中華の部品セット、ブレッドボードを揃えて 自力で電磁気学を理解する必要があります。学校の実習はなぜかまるで知識になりません。で、何か異常現象も発見したら、それは未来の科学でしょう。他の科学の領域も同じようなものですが、化学だけはそれは逆に危険です。

カルトアンチへお知らせ

カルト宗教はそれに依存させるために、究極の奥義に多少の洗脳プログラムを入れるようになっています。

そこを見破ったカルトアンチは、非常に自分の心を確立するのが難しいと思われます。

まるで仏性や心の種がないような喪失感です。自分の好き嫌いもやりたいことも個性もないような・・・

だが、よく考えてください。仏に人間のような個性があるでしょうか。むしろカルトアンチはいつの間にかなりの悟りを開いているのではないのか?だから個性の確立がむしろできなくて、無理にやると悪落ちしてしまうのではないのか。

カルトアンチは阿羅漢の境地に達している人もいて、そうしたら直接神々とアクセスし、じぶんで作ったお経を唱え、自分の思う正義を実行するのがよいのです。

そして、未来の子どもたちへ、我々は完成された人間になれるのだ、自分なりに考えた、その方法を教えるときが来るのでしょうか。

#さらされ はひどいエネルギーに晒される映画

警告:映画「さらば青春、されど青春」を見てからひどく体調が悪くなった。

歯がとても痛い。手術したはずの親不知がまたいたんできた。顎も痛い。再手術もまた痛い。

変な方向に親不知が成長して噛めない。あの映画には死のオルゴンがあるのでくれぐれも笑い飛ばしに行くだけにして感受性の強いアンチは絶対に行ってはいけません

もし行ったなら、映画を全部見ないと呪われます。途中で出たのが悪かった

更に警告:大半のアンチには脚本もうまくない脈絡も途切れ途切れのただの教祖の大げさな美化だと受け止められるでしょうが、言葉の羅列そのものに意味があり、意味不明な脚本に何か脳を操作する多重の手口が施されている可能性があります。メディア界隈はこういったものに強く、本気を出せばさすが監督です。

魅力がないどころか人と付き合えず本の多読に逃げて哲学書を超速読して悟った気になっている成績主義でマウンティングしまくり宗教リーダーという人の心にいくらでも介入できる夢を目指すめっちゃキモい人柄で、ただ話を聞いただけではみんな吐き気がする人生の映画を

如何にして客に見せるのか、客を釘付けにするのか、席を離れさせないのかという手法は高度な精神操作テクニックでありテレビドラマの監督が本気を出せばいかようなあらすじでも全部見ないと逆におかしくなるぐらいのミーム災害を引き起こすことができるわけです。

いやどんなにおかしくなっても全部見てしまうのが狙いかもしれません。

もはや会員でも映画館で金を払って終わりとか、実際教団が病気が治ると宣伝しても会員の周りにはなにか体がおかしい人が出ているとか、これが実態です。

さらに人生への警告: 努力は苦しんでやってはいけないものなのだそうです。

教祖始め、幸福の科学の会員はみんな苦しんで努力しているのですが、一向に成果が上がりません。

目標に囚われて、楽しんで努力することを忘れていると、心がボロボロになり、逆にシルク・ド・ソレイユの役者は激しいと思える練習をみんな楽しんでやっているのだそうです。

私も努力が苦しいと検索したらびっくりどのページも努力するなとかいてある 気をつけたいです

参考文献:加藤諦三先生の「やさしい人」 を読めば、なぜ中道真一がみんなに嫌われるか、なぜ #さらされ が胸糞悪いのかよくわかります。それはそのまま教祖の性格です。

アルゴラブさんの解析によるとやはり、自慢と愚痴の両方の側面がこの映画にあり、

教祖は親兄弟に対して鬱憤がまだ残っているとのことです。

だがしかし、教祖は同じ教育を今度は信者に行って社会の毒を増大させているです。

いい加減ふるい伝統的な宗教教育は間違っていると言わざるを得ません。神の権威において子供を大人の言うとおりの奴隷に教育する神学校からカール・マルクスは出たと思われるし、

日本の教育、宗教システムの腐敗は目に見えています。神の権威のもとに人間が隣人に対してわがままをして虐待するのなら、神はいなくなりさえするでしょう。

もう、組織システムに信仰を結びつける時代は終わりです。組織はお金を集め、人をまとめ、大きな精舎を作るにはいいものの、信仰が即組織ではなく、組織がないときでさえ信仰は成り立つし、

人の心を作り変えて信仰させるより、自由意志において信仰したほうがよいに決まっています。

その点新興宗教は真理を広めるにしろ組織において人の心を改造することに重きをおいており堕落しやすく、マインドコントロールやトップが魔物にやられるのも少なくありません。

今日もまた会員がカルト映画を見に行く。まるでいつものように。しかしいつもがいつも続くとは、思えません。

 

幸福の科学のアンチは自分を振り返るべき

最近、私は世間のいろいろな情報を目にして、まったく文句ばかりだし、

明るい情報は人間がとても扱えるとは思えない宇宙的ハイテクばかりで、

どうも気分がおかしいと思っていたのですが、実に私がおかしかったのです。

こう自分が上から目線でネットで文句たれて、周りがおかしいってネットで騒いで、楽しいものではなくなった。

だってそれは誰かをやり玉に挙げてたたくとか陰口をきくのが日本人の日常だし、だからマスコミが政治家をつぶせるのでしょう。

いや、幸福の科学の問題というのはそれだけの問題ではなく、むしろ一つの組織に日本のいろいろな問題の多くの例が見て取れるのです。

それは妬みとか、出世つぶしとか、会員=同僚で喧嘩とか、金を巻き上げるとか、うやむややなかったことにとか、うつ病とか、うつ病をごまかして魂が消えてこれぞロボット工学とか、毒親エリート教育で成功者の裏に多数の精神崩壊した子供とか、派閥争いとか、得意な人にバトンを渡さずに出世バトルとか、どんどん予算が増えるとか、ハコものとか、あげく兵卒は一流将校は三流でしょう。そして日本の幹部職の得意なことは、結局経営能力ではなく、人の精神を使いつぶす力や、敵(しかも特に親しい人)をぶっ潰す力だった。

どうでしょうか。幸福の科学を抜け出てさえ、世間はまだカルト集団の考え方で動いていたのです。これが日本です。そして気が付いたらアンチもそういったことに気づかないどころか、自分も一緒になっているじゃないですか。

どうせならだれもまだ文句を言わない日本国民全員を批判して、日本を正そうではないでしょうか。そう、子供のころからまともな人権が認められる国へ。その時期はもう来ているのです。

例えば根性論です。あきらめて違う道を行くことすら許されません。出来損ないを死なせたり、体の限界まで修行するとなんと自分の魂が消えて、何か達人の魂が入るのです。襲名とかもこのやり方からきている。しかし達人の魂、結構な荒神だったりして、周囲や社会はよくならず自分の魂はいつの間にか死んだ状態で ここはどこだ 私は何をやっていたのか記憶がないって 日本人なら少なくないでしょう?私はただのシャーマンだったのかと。日本の精神的な伝統にはほんとうにこれからも受け継がれるべきなのか疑わしいものがいくつかあります。

もう一つ。中国や韓国、更に北朝鮮を盛んに非難しているうちに、彼らはすごい力をつけて来ました。日本人が受け入れたくないことに、彼らは自分自身がクズだとわかっていて非難を全部聞いて反省し始めたのです。儒教まで手をつけているでしょう。

もう間もなくです。日本は洗濯されるのです。かき回されシワシワになるのです。干されるのです。汚れは落ちるしかありません。今までの日本はもうそこにはないでしょう。違う文化、違う国なのです。幸福の科学アンチはまさにそれをもたらしにやってきたのです

 

カルトの入門書の特徴

カルト宗教は普通に宗教として振舞おうとします。しかも、普通の宗教よりさらに宗教らしく振る舞うのです。

宗教は人間の心の拠り所であり、その本能は肉体だけでなく過去生からの魂が持っていると思われます。

厳格な信仰を持ち、厳しい修行で鍛えぬいた心は、この世のいろいろなことにびくともせずに強靭になります。

この喜びをわかっている人が標的にされてしまいます。

つまり一見普通の宗教としてしっかりして、逆にしっかりしすぎているのです。

だから、厳しい修行で勝利を収めた魂は、労働力や金まで差し出します。

教祖は厳しい神のように振舞います。やさしくはありません。そして意味不明な行動をとるのも深い考えは神の特徴であり猿真似をしているのです。

故に、厳しすぎて逆に精神を壊すという事でカルトかどうかを判断出来ます。

ということでカルト宗教の本は、まずスターウォーズのように魂の奥底を沸かす、本当らしいことを載せて、(過去生の記憶や霊界の真実、かつての大宗教の教えのパクリ)最後に自分こそが偉大なる魂の生まれ変わりだと書くのです。

カルト宗教の教義を実践すると、最初はまず・・・んなんとすぐにアラハンまで境地が上がることも珍しくはないです。チャネリングまで通るようになります。問題はその先なのです。

恐怖とか、悪魔とか、破滅そういった記述が非常に多いのが特徴です。マイナスのイメージをかきたて、そこから逃げるには我々しかいないと思わすことができます。

言葉は巧妙に人間の脳に作用するために作られたもので、口調は普通の言葉と異なり、日本では英語を直訳したような言い回しに注意してください。そのため教えは継ぎ接ぎだらけです。

このすりかえは非常に巧妙でありますが、霊波動を見て見破る一般人は少なくありません。実は宗教家を見分けるのでみかけの人相や声の質が一番大切なのだそうです。

でアラハンの霊現象が起こった境地はかなり不安定なので、そこをカルト宗教のすぐに間違いを見破れないがなんかおかしな教義によって、そう、アラハンには魔物が襲いかかりやすい。魔物が来てすぐにやられる。教義で解決できないから祈願をやり布施をやる。信仰心が足りないってより信仰しようとするがそもそも偽の神だから信仰すればするほど魔物にやられる。

まずカルトだって気づいたらきっぱり修行をやめよう。悪い修行をやめると悪いものや悪い能力がなくなるから。それで自分で真理を掴んで別の修行を始めよう。

そうした、人から人へ伝わる言葉のウィルス、ミームには気をつけてください。もう一部のサイトでは、極端な例が公開されているようです。僅かな時間で広がり、人の精神を蝕んでさらに伝道されるミームは、人類の脅威であり、かつテレビや本でも流れやすいものです。

だが心構えさえあれば、勝手に防衛するための知識がやってくるのが、ミーム対策の特徴であり、部活や研究室の先輩の言葉や、メディアを読む際に警戒心を常に覚えておいてください。

宗教もカルト宗教も同じだ

カルト宗教である幸福の科学の幹部のヘラトリトピックスというニュースレターブログに書いてあったのですが、

小説 カラマーゾフの兄弟の「大審問官」、イエスキリストが14世紀に再臨して死者蘇生など様々な奇跡を見せたがなんと当時は魔女狩りで投獄され、結局処刑されたという筋書きです。

そこで処刑される前、最後に、宗教は悪魔のものだったのだよ、てめえの入る隙などないという宣告をキリストが受けるのです。

そして、幸福の科学は、キリストの言葉を述べ伝えることのない、こういった腐ってしまった教会と違う、と言っているのですが。

結局私の経験から言うと、宗教もカルト宗教も似たようなものだと思うのです。

本当に真実に近いことを言って、我々はこういった隠れた真実がわかる、もう自分で一から究めなくてもいいと、勧誘します。このような勧誘の資料が残念だがオカルトの知識に一番満ちています。

厳しい修行で、人間の自我をなくし、ロボットにしてしまいます。

それは、禁欲も、体罰や断食やら、それから眠くなる祈りやら。

教条主義になって、法律家見たくなって、新しいことを考えられなくします。

民にもちょっとこういった縛りを強制します。

だが見てください。現実には、かの高僧たちが犯罪を犯すなど、しょっちゅうです。

現代のキリスト教では枢機卿など幼児を弄ぶことが裏で盛んだし、盛んに訴えられています。

また、日本の「正統な」カトリック教会の一部は、カルト神父が膨大な金を搾取しているので、その情報は5chで共有され、逃げ出す信徒がいます。

また同じように日本で、神父が一人で住む離れに、信徒の女性が一人で入ってゆくなどの、奇っ怪な目撃談が、共有されています。

仏教では女性に手を出すのが禁止だったので、男児を弄んだと言われています。

神道はかつて禊教がセクハラ等で大騒動になり、新興宗教として別派が生まれ、さらにそこからも5つの神社が離脱と。

いろいろな宗教で秘儀としておかしなことが行われていると見えます。

カルト宗教ならもちろんでしょう。実は魔術的な意味もあるらしく、こういった行為で霊力を高めているのです。だから民が倒すことができない。

このように組織の宗教というのはみんな奥では秘密結社になっているので、みんなのためではなく、自分たちのための組織になっているのです。

これは神道の事務方、神社本庁もそういったところがあって、富岡八幡宮の事件があったのでしょう。

だが、神社と言えば神社の神職が主役です。末端のはずのそっちが神につながっていたのね。それをむやみに抑えつける方が良くない。

これからは 組織の教えや強引な他人の意見を飲まずに、自分で真実を探し見極める時代でしょう。知識ある人は、「宗教の個人化」といっているし、

人類が宗教戦争など、いろいろな争い事から卒業するのに、他人は他人と言えるので一番いいし、

意見の多様性が、言論の多様性をもたらして、あらゆる問題に対策が打たれ、文明が更に良くなるでしょう。

そういった文明こそ、凝り固まった組織から開放された小さな神社や教会が、神につながるのです。

そういった道を歩き出すのは、まずはカルト宗教の被害者でアンチの人間でしょう。いや、普通の宗教の信徒でも、多分そろそろ激しい疑いの心を持つと思うので、ぜひ自分の心を羅針盤にして人生を進みませんか。