なぜ朝鮮人ばかり

最近も、続々と朝鮮人ばかり優遇されて、日本人が追いやられているという話を聞きます。

なんでもあらゆる業界に朝鮮人が入って、出世して、乗っ取って、日本人は徹底的にやられて、出世もできず、こき使われるのだと。

朝鮮人が悪いって叫んでいるネット右翼。しかし、いくら何でも日本人もやられすぎていない?

訴えれば勝つなんていうノーガード戦法は効かないはずです。むしろそのへんに問題がある。

まず、朝鮮人の野蛮さなるものについて。かれらの野蛮な噂が広まっているが、逆に教育やらで統制された現代の世界で逆に生き物らしく振る舞っているのは彼ら。ロボットになっていない。自分の意志で好き放題にやっている。

それが、なぜか現代の世界でも許されているという、逆説に注目してほしい。

日本人は本当に自分の意志を持っている、わがままだと見られそうな彼らに対し、何をやったのか。

日本人の長所は短所と「裏両目」みんなに合わせ、体制に合わせ、親に合わせ先生に合わせ自分の意志をあえて持たないで争いなくやる。彼らを非難してみたところで自分の意志が結局ないから、やることは彼らの言うことを飲むだけ。

日本人が自分たちを守るということ。現代においてグローバル企業が争い、独占しようとしている。外人は日本人にない野蛮さ、狡猾さを持っている。日本人は自分を守れるのか?

日本人は私も含めて、生命体の基本である

「自己拡張」自分を大きくすること

「自己防衛」自分を外敵から守ること

「自己修復」自分を自力で直すこと

に取り組むべき。それでもってみんなと「和」で結びついてこそ、ようやく日本人は生命の強さが出てくる。

彼らの真の生命力を意味する 真のK-POP 「テクノポンチャック」とは?

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日本と海外の労働のあり方

外人は自分の権利を主張してしょっちゅう転職するが、日本では過労死が問題になっています。
日本では相当な人が無理をして労働しているようですし、自殺で解決する人も多いでしょう。
なぜか。そこに根本的な日本と海外の違いがあるのです。

海外では、人間が自力で生き抜いて争い、自由を勝ち取る、自分中心の生き方が盛んで宗教や民族の違いも露でたびたび戦争まで起こり、現代においてようやく平和になってきた感じです。

日本には昔から神の存在があった。神が見てくれて介入してくれるので、そう悪いこともできなければ、国を乗っ取ることもできなかった。
そんな中で日本では人と分かち合い上の人についてゆく精神が生まれた。自分の意見をはっきりさせず、空気を読むようになった。
かなり前から平和が続いてきた日本の悪は逆のベクトルだったのです。

それは上からくさるという事。日本では海外のような重犯罪がないが、上役になればなるほどなんでもできて、ピラミッド構造の悪が生じる。陰謀論者が言うピラミッド構造が日本ではなんと当たり前だった。
とくに皇居の召使いと自衛隊が一番過酷らしく、日本人はそう断り方がはっきりせず、そこを中国や韓国の支配層とたいして部下に接する態度に変わりのない上の人は、それらしく意見をぶったぎって
できないことを無理やりやらせるのです。
事実カルト宗教への忠誠心はピカイチで、世界でもまれだと思われる800万世帯のところもあるし、金を貢いだあげく疲れ切って幸福の科学を抜け出す人はたたない。そういったところのリーダーに限って、中韓、若しくは差別を装った支配層かくしの噂があるのです。

しかしばちは当たりつつあります。それもやはり人間が自滅した3.11の福島第一原発のアレでしょう。
技術者が盛んに主張した安全策。それをコスト削減の名をもとにぶった切り、さらに逆に技術者を原子力は安全だと洗脳して、何も疑問も持たせず、改善する圧力がどこからもない状態でいい気になっていた東京電力=T三PCOの幹部はあの事故でドタバタ劇を繰り広げみるも無残な原子炉の姿を世界中に晒しました。
日本に理想的な原発は東北電力の女川原発だとハッキリした。高台に作り、海の底を掘って引潮でも冷却が効く。あそこは技術者の意見が何とか通ったんです。
なぜか天皇の儀式のおかげか福島以外ではそう死者や被爆病は出ません。
あのようなことをまた起こすのでしょうか。プリウスもバグを踏むと暴走して事故を起こす噂がありますし、みずほ銀行のシステム統合のドタバタも技術者をこきつかったからです。国のネットワークが侵入されるなんて何度もある。少子化にトヨタの下請け工場の過労はキツすぎるでしょう。

未来は2つぐらいある。日本人がスイス人傭兵のごとく召使い民族として使われるか。神のもとに日本人が自立を確立するのか。

私は一応保守の側につきます。其れしかないですもの。だって革新の側はみんな敵ではないですか。原発廃炉費用のためにT三PCOにし続けるつもりです。しかし単純に保守をやるわけには行きません。支配層に立つべき人が立たないと保守なんて何にもならないです。自分たちの首を絞める前に心の環境問題に目を向け、精神的なエコロジーも身に着けてはいかがでしょうか。

大川隆法は本当に釈尊や仏ではないのか()

私は幸福の科学の信仰をやめようとしているが、どうも引っかかることがある。

無意識がどこかで幸福の科学や教祖のむごたらしい話を聞いて腑に落ちないのです。

本当は大きい存在ではないのかと思ってしまうのです。どうも疑問が抜けていません。

だがネット上の論者はそのへんウルトラC発想しているので落とし所が見つかるはずです。

本当に釈尊ではないのか

ブッダは信仰心ゼロだった…神様も輪廻転生も、ましてや仏教すら信じないってご存知でしたか

ジャブとしてこのサイトから。ブッダは実は極端な現実主義者で、あの世も神も輪廻も無視する人間であり、後世の科学者のような世の中の捉え方をしていたとあります。

アンチになればわかるが意外と今の大川さんがこういった価値観で生きていても、まったくおかしくない。教団運営はソビエト的であり左翼用語を多用し、平気で芸能人、挙句天皇にさえ勝手に霊言を取るし、金は集めるは神だからってふんぞり返っている。

仏教の開祖・釈迦牟尼(ガウタマ・シッダールタ)の勘違い

このページこそまさに一刀両断です。ブッダは人の情けなどなく平気で家族を捨てていいことがあっても子供ができてさえ悩みが増えたといい、なぜか自分の家族を悟りに導いたのか、それともどうなったかのが仏典に載っていないとか、

スッタニパータの教えもまとめると人生でやるべきことをほうり投げ、執着を断つと言って心を空っぽにして何も感じないようにする、ちょっとでも興奮することを避ける、挙句異性を全部断ってこれが現在まで続いている仏教の汚点です。無我ってなんでしょうか。実は本当に虚しい存在に退化してしまうのではないでしょうか。

そしてそんなブッダがたくさん人を率いて托鉢に回って社会に参加しないで一人頂点に立っている。なんか自分が楽をする努力に関して、異常にうますぎます。

またネット上ではチャネラーが大川さんは過去生で異性を蹴っ飛ばした反動で異性に飲み込まれるぐらいになっていると言いふらしたり、

シルバーバーチのサイトでは釈迦はそんなに霊的レベルの高い人ではないよ、と断言されたりしますね。

こんなのが本当の釈尊なら大川さんの過去生でもありえなくないでしょ。

後世の弟子たちも仏教の歴史で欠かせないですが、むしろ彼らこそが新解釈により仏教をより美しい真理に改良していったのです。だから私はいま勢いのある真如苑が400年後カルト色が取れて伝統宗教扱いになる未来はありえなくないと思っています。

本当に神ではないのか()

大川隆法=ヘルメスはネット上のアンチでかなり支持されている説です。その訳は愛は風の如くではないギリシャ神話を読むと見えてくる。

大川さんは自分に波動の合う存在の霊言なら結構当たるのです。

その一人がおそらく金正恩だとされていて、北朝鮮に監視されているから、もうそっち方面の霊言を取らないという説があるのです。金正日は特別列車の中で亡くなったと発表されるが、CIAはそんな列車は運行されていないと(おそらく衛星写真で)知っているという記事があるぐらいですし

確か彼はアヌンナキだと自分で言っています。神を殺して自分が一番になった神と言われているが・・・

とにかく近年の霊言を見れば彼自身がレプティリアン系ではないとはもう言い切れないです。地球の自然界の神ではなく、植民の神なのです。だからえらい。

それから以前の記事で書いたように、エル・カンターレの波動はどうも天狗の上流かもしれないと感じています。エル・カンターレへの祈りが始まった途端に高尾山の波動に似たのが降りてくるのです。ここらは天狗とは何かを調べないといけません。鞍馬山の魔王尊とかなにか臭いですね。

とにかくこの記事を見ていただければ、大川隆法こそ正当な主宰神であるとともに、祟り神であり、人類を自由にこき使う神であることがわかるでしょう。

本 当 は 恐 ろ し い 、 エ ル ・ カ ン タ ー レ の 天 上 界

「人間をいじめる神」 ~エンリルとアヌ(エル・カンターレ)~

エル・カンターレは、全人類を見殺しにした? ~ノアの洪水の真相~

他にも上記のブログには近年の霊言から読み取れる濃い話がいっぱい。天上界が計画した原爆投下とかもうね。陰謀論みたいだがもはや全部神のせいになっている。こわい。神とはやはり神話に出てくる癖のある性格そのものであったのか??そして全てはエル・カンターレの責任であったと。

もうこれからは人類と心ある高級霊とともに平和的に地球文明を運営してゆきましょう。

#ああああああああ本当にやばいことをかいてしまったなあ・・・ 何が起こるんだろう

#キリスト教と神道はかなり正統性のある宗教のようだ

カルト宗教の教えから考える「全ては逆説」

私のテーマはもっぱら一つのカルト宗教であったが、他のカルトも建物がきれいで、掃除もしてあって波動も良さそうで、それで看板で あれ?と思ったところがあります。

カルトの教えは美しく、批判のしどころもないはずなのに、やってみると心がおかしくなり、治せなくなり布施を差し出すことだけを正解に持って行かれます。

本当に美しいです。信仰が深く敬虔です。真面目一本で、無駄な欲や性欲を始めとする煩悩もなく、くだらないテレビをみなく周りの下劣な話題に加わりません。

そうした会員は美しい心を持っているようにさえ見えます。しかし そうしたポリシーがあるにもかかわらず、やはりおかしくなるのです。学生信者同士ではいさかいが全く無い・・・はずだったのに、特に大人になって特に組織と金目のことで思い切り喧嘩するようです。特に家庭環境が辛く進学、就職で障害があります。

私はカルト宗教がええ古今東西の宗教の教えをうまくまとめ、全く信者に疑問を挟ませずに搾取するやり方を見て、「全ては逆説だ」と思わざるを得ません。

事実はてなアンテナ「幸福のアンテナ」で取り上げられているカルトアンチブログではしょっちゅうその今までの宗教と異なる逆説を発見した報告があるのです。近年は楽山日記さんが多いです。

確か総じてどのような逆説だったかというと・・・

  1. 信仰心やあの世の確信は100%ではない。どこかで証拠のないはっきりしない何かを感じるがそれを認める これこそが更にいい道を見つけたとき、すっと転換できる決めて
  2. 信仰のためなら命まで捧げることについて、それができるかわからないと感じ認める
  3. 自分が一番大事。他の存在を一番にすると自分がおかしくなる。与えきりではついに心の種火が消え失せる。自分のために努力しそのための時間をさく。休みを取らせないのがカルト。休んでくだらない遊びをしよう。
  4. 自分の好き嫌いをはっきりする。やな食べ物は食べない。やな人付き合いはしない。耐えられない努力はしない。戦後自虐史観はもはやひとりひとりのレベルで存在するがもう自己防衛をわがままや意地悪とは言わない。搾取を許すな。神から分かれ出た個体として体一つ分の利益は求めろ。さらに映像や音声の作品は徹底的に自分に適したものを探す。倫理に反するなど劣悪な作品なのに心が共鳴するものこそ、自分の心の汚さを映し出し反省につながる。
  5. 自己啓発、受験戦争で勝って大企業で出世や「スーパ大富豪になってやる」のような自分の勝利をつかむ目標に持っていかない。それはエゴだから。
  6. さらに功徳や名誉や霊的レベルアップや高級霊になる目標を持たない。それもエゴだから。
  7. 無理に自分を作り変えない。無理に反省しない。それもエゴだし、心の底のレベルから修復をかけないと更におかしくなる。そこが変わらないのなら時を待つ。
  8. ちょっと悪い思いや悪いことをしただけで猛烈に神に謝り反省を始め小一時間いじけるというのは逆に精神不安定で地獄行きに。
  9. 現実を見る。人間が平等に作られていないのを見る。自分のできないことを認める。無理に菩薩にならない。平等主義は近現代に狂ってしまったがはるか昔において素朴であり当時の素朴な信仰もあって間違ってはいなかったはず。
  10. 地獄や地獄霊や原罪を全く気にしない。逆にしょっちゅうそれらを語る者がカルトだともいう。罪を負っても泣かないで一歩一歩戻れ。
  11. 異性欲はやみくもに禁じてはいけない。それで爆発したカルト教祖も、女性性が怖く女や母や女神をも罵倒した管理人もいる。慎重に。エロ画像がなぜ氾濫する必要があるのか考える(当の女も見るぞ)。我慢できないなら踏み出してもいいらしい。
  12. お経や祈願や研修にとらわれない。エゴで持って唱えたらそれでいいものでもなく、すでに毎日が研修であるから。
  13. ドラマの斎藤さんみたいにならない。ごく自然体で周りを挑発しない。無理に周りの人間を書き換えようとしない。これは障害児教育のやり方。
  14. 宗教でも学校でも会社でも疑問に思ったことは考え口に出す。疑問を消そうとしない。そうやって科学や心理学は発展したのだし。何が幸福の科学だろうか。
  15. 周りのくだらない話題に合わせる。なぜかというとそこで語られる知識を得るのではなく、それ自体が愛の交換であるから。
  16. ただでできる、安くできる功徳や心や脳の向上のやり方を探る。自分で修理や裁縫をするとか、自分でパソコンの動きを軽くするとか。
  17. 組織を第一にしない。組織に入ると人間はその細胞になり、その野望や派閥闘争、上下関係に巻き込まれる。人間一人では止められない。とくに宗教を組織にしてはいけないというクリシュナムルティの説が有名。
  18. 何も「偉くない」ごく平凡で普通であることの尊さを知る。むしろそこに真理そのものがあるのではないのか。

私はむしろ組織宗教が今でも政府とくっついているように人民支配のやり方の一つで、人民に倫理観を覚えさせつつ強力な魔術によって政府を転覆されないように心の力に制限をかけるコントロールの一種だったという結論に至ります。だから宗教の教えの中にそうした制限コントロールをかける何かはすでにあったのです。これは学校も学術会議(特に科学、電磁気など)も会社も同じで道理で一定数そういったものに抗う自由人や芸術家がいたわけです。自分たちの食い扶持のために、自分たちしか真理をわからない、自分たちを覆せない、自分たちがいなければ何もできない状態に持っていきたいのです。

カルト宗教はそういった仕組みを最大化させ教祖だけが得をするように仕向けているのですから、まさに教科書的で、かつての堅苦しい聖書の解釈による天動説や異端尋問に類する問題を引き起こしあげく教祖の教えをそのままコピーしかできず従来の宗教の限界や間違いをすべて統合させた古すぎる宗教になるのです。

カルト宗教で悪魔にやられる理由がまさしくそのへんにあって、たとえ心の中では真の神を信じていたとしても、堅苦しく遊びの時間、自分の時間のない、勉強と教学だけ、心に栄養のないただこき使われるというときにやってくるのです。適当に自分の遊ぶ時間を持っている人間は自分が悪堕ちしていなければそう悪魔にやられません。だがカルト宗教の人間は優れた正しい心を持とうとしているが、悪魔にやられるのです。

私は急に信者が浄化される宗教というものに警戒しなければいけないと感じています。カルトの手口の最初が急に人を良くする、本当に浄化さえするものではないのか、オウム真理教の音楽は今でも非常に評価が高いし、最初はいっぱい得をさせるのは投資詐欺みたいです。本当に心が浄化されるから感謝して信じ、自らマインドコントロールされる。おそらく夢を見れるのはほんの1,2か月ほどでしょう。本物はむしろ自らのペースで修行を進めさせなかなか人が変わらないと思われます。

さて新しい信仰のあり方はどうなるのでしょうか。アンチブログを見てもわかるようにカルトアンチはだいたい自分独自の道を歩み出すものであります。唯物論から神道までさまざまな人間が自身で世界を観察しその実相を探っています。そのために自我は欠かせません。自我をなくすのではなく育てることにこそ真にカルトを滅ぼし正しい信仰へ持ってゆくのです。

資本主義と詐欺はカルト宗教へ収束

企業がお客様相手にぞんざいな扱いをするって、ままありますよね。

特にインターネット上の商売で多いです。

例えばサイバーノーガード戦法と言って、ろくな防備をせず個人情報をまんまと取られた上で自分は悪くない被害者だと叫び裁判を起こすなどする日本独特の情報セキリュティ対応があります。

例えばWindows。他のWindowsではない何かを使うとわかるが、急に動きが重くなり、いろいろな手入れが必要で、勝手にシャットダウンとか 挙句、Windowsのためだけにいろいろなソフトを購入して快適さを取り戻したり、パソコンそのものを取り替えては、メモリが相変わらず2GBで本末転倒。分解してメモリを足すようです。

例えばネット詐欺。最近はAmazonでなあに3〜9割引きでいいものが売ってあるのね。ところが注文したら、何も届かない。返金はしてもらっても犯罪集団に個人情報が渡ってしまって何が起きているのかわからないと来た。こんな問題はいずれ起こりうると何度もメールで指摘しても、システムを直さないのだそうです。このような問題は他のネット取引サイトでも多い。

例えばPCデポ。金はあるが判断の鈍い老人、わけのわからないコンピュータの世界。次々とオプションや高性能パーツを誘って、どんどんお金を支払わせるし、変な囲い込みをやって孫が問題を解決できない、いつでもPCデポに行くしか何もできなくする商売。

詐欺なんて昔からあるが、最近の詐欺はますます巧妙です。しかしなぜそのようなことをするのが得なのでしょうか。

資本主義経済。金持ちが何でも許される時代。あらゆる問題が起こりうるが、仕事とは人の抱えている問題を解決すること。さっさと解決しては、仕事がなくなる。とくにこのコンピューターの時代。だから、新しい問題を起こす。少しづつしか解決しない。ずっと仕事があり、ずっと支払う。これで金儲けするのだから、詐欺に近くなる。

そしてこんな時代の勝者の最たるものはカルト宗教。日本では政界にまで食い込んで某与党と、幸福実現党は誰も止められない。綺麗事をいい、人生の問題は解決せず、社会の問題も解決せず、ますます大きくなりただそれを打ち砕こうと信者はお布施と祈願に励む。ほんと祈りではなんにもならないのに。

資本主義経済。果たしてこの害毒を止めるものは何か。私は前に言ったはずです。いろいろな政治主義、政治思想が提言されてきた どれも極論しかないし、あらゆる国が極論しか取り入れようとしない。それではだめです。極論をそのまま実行してはだめ、日本で薬価と医療保険があるように ミックスしてちょうどよくしないとだめだと。さらに自由平等博愛も3つとも突き詰めず引っ張り合ってバランスを取るべきだと。

そしてやはり教育が未来を決めるものです。クラスで人間関係の弱肉強食、いじめ放置で子供を腐らせるのは文科省であり政府でありひいてはそれを放置する国民、日本そのものなのです。国民が恐れるのはお上 お上が恐れているのは国民 どっちも動けないようでは何も変わりません。

いじめを許す文科省と教育委員会に告ぐ

ここのところまたいじめ問題が出てきていますね。

まず先生がいじめを無視したり煽ったりする真の意味を考えます。子供同士でやっているならともかく、学校で出会っていじめるということは、

つまり国家権力の一つである、わざわざ子供を囲い込んで国がやっていることである公教育機関において、いじめられっ子は何を悟るかというと、学校に警察が来なくて、権力の末端である先生がいじめを許すということで、つまり国がいじめを許しているととらえる。

つまり、いじめられっ子の真の敵は、日本国家であるとみなす。さらにこんな人生にしたのはだれかと神にまでストレスをぶつける。恐ろしいことですが私はやりました。国家まで追求するのはロジックに全くおかしなことはありません。

教育委員会や学校がいじめをむしろ許すというのがふつうになってきている。親が訴えてもなおシラを通す。

先生も色々言い訳をしますが 悪いことは許されぬはずなのに よくもこの現代において犯罪を許すという法治国家にあるまじき様相です。

あなた達はむしろいじめが必要だと思ってらっしゃるのですね。そうとしか思えません。

ええ。ブラック企業などの労使問題、政治家の汚職や権力、芸能界のコネ出世、企業の利権と地上げつり上げ独占、高利貸し、カルト宗教及び秘密結社、いろいろな問題がこの日本にあるが

いじめを許すことで、子どもたちに支配と服従の概念を覚えさせ、横のつながりよりもこの2つをとても重視させ、優れた豊かな人が僅かな縦割りピラミッド社会を勧めているのですよね。

いじめっ子は支配側に、いじめられっ子は服従の側に生涯させ、階級を固定化させるのですよね。現代でも階級はなくなっていない、現にあるのですよね。

搾取できる人からみっちり搾取できる、しかも合法に。そんなしくみをあなたがたは築き上げてきたのですよね。さらに奴隷が自ら自分自信を差し出すまでに。その基礎勉強がいじめなのですよね。

あなたがたはもっといじめを普及させたいんですよね。そうとしか思えません。自分たちが上であるために、奴隷を育てたいのですよね。

さらに苦しんでどこにもやり場のない人間の悪想念をかき集め栄養にしている悪しき存在も十分に考えられます。

そして、一旦いじめを悪だと認定し取り締まるようにしたら、先にも取り上げた世の中の殆どの悪がいじめの要素が入っているので、それらも取り締まらないといけないのを恐れているのですよね。

あなたがたは人間のすべてへの絶望とその後のロボット化をやりたいのですよね。

もしそのつもりでなければコメントください。(DEBUNKしてやります)

この日本がどのようにして平和と繁栄を築き上げたのか。振り返ってみてください。三丁目の夕日とプロジェクトXにあったようなさまざまな協力があったからです。あのころいじめは直ちに撃退されました。貧しい中みんなで協力して努力しました。

日本国家への反逆から左翼への転向へ仕向けているはずが、今インターネットでは教育がおかしいのは戦後政策と日教組のせいだという意見が多数であり、逆にネット右翼が増える。さらに陰謀論は証拠こそないがまさにいじめられっ子の経験から世界はまさにこうなっているという結論になります。

このままでは日本がおかしくなり、あなたがたも金を儲けるどころか生きることさえ難しくなる、カルマの転嫁も拒否されるでしょう。

そして心あるものだけが生き残れるのだということを忘れてはいけません。

手塚治虫のした悪いことを考える

どうもここのところ真実じゃなくてステレオタイプをどんどん出版してゆく評論シリーズがありましてね。キャッチーな触れ込みでね。

これじゃあ行けないと思ったんです。みんな認めるような人でもおかしなことをやっているもので、

リンカーンなんてネイティブアメリカン大虐殺ですから。

で、そうこっちもマトモな分析をしたくなっているのですが、どうも資料が足りないので直感で行きます。

手塚治虫の漫画は凄まじい迫力があって、アニメにしても相当な深みがあって、畏れさえ抱くものです。ミュージカルを見ているような展開と壮大な世界観、読む者に気づかせる悟り。

彼自身はテーマは一つ「命」だと言っています。だが一方で相当な嫉妬心があったことも言われています。

彼に非難されるぐらいになったら一流の入り口だと言われるぐらいだったようです。

彼は勢いで他を圧倒しました。信じられないペースでしかも複数シリーズ書き続けることでライバルを過労にさせました。

いま漫画家というのは彼の時代より複雑な描線もあって相当な激務であるそうで、儲けてもアシスタント料に消えることが多いそうです。

彼はアニメーションでもその後に影響を残しました。アニメーション制作始まって以来の伝統秒間24フレームを使わずに15フレーム以下でざっくばらんに鉄腕アトムを仕上げた。

このざっくばらんでは原作の迫力より、話がまるでかんたんになったようでその後のアニメでは15フレーム、時にはコマ送りで迫力を出す研究が進んだようです。

彼は制作費の大半をテレビ局からでなく、おもちゃの著作権ライセンスでまかなう道を選んだ。テレビ局が金を払わなくていい歪な経済構造が生まれ、子供向けのアニメはおもちゃ商品の宣伝に堕ち、青年向けのアニメはDVDでやっと資金を回収するとか、うまくいっていないようです。

ゆえにアニメーターの給料が薄く激務なのも遠因は虫プロらしい。

過激な表現とされるものが手塚治虫の世代から変わってきたようです。日本の漫画アニメの特色がもはや心をざっくりえぐりさえするようなシーンとそれを切り抜けるストーリーになっている。もしくは変態。とにかく脳を興奮させる。よむ人は興奮状態に依存するようになる。そういう商法。より過激、より倫理的におかしくなる。海外では子供に見せてはいけないとされるものも多い。

手塚治虫の漫画、ええ素晴らしいですね。しかし日本の伝統をどこか壊したかもしれないし(日本の漫画アニメは西洋オカルト秘術で満ちている話はまえしたはず)なにより手塚治虫の作品が未来でも最高でないと気がすまない、これから出るであろう超人を抑えておくための仕組みを作ってしまったように見受けられる。

さらにその子孫も恨まれているようで何かがあるのでしょうか。

そして今の日本のコンテンツ産業、世界への普及を考えると、とにかく西洋オカルトの布教だらけ、今までどおりやっていいものではない。女子供はまずピクサーを見ろという世界の趨勢。日本が大人のアニメーションとして生き残るには、もう少しオカルトじゃなくまともな哲学や真理を加える必要があると思われます。「正義は一つじゃない」路線は大人向けには間違っていません。「ゆるい」が世界に流行るのはいつ頃でしょうか。