ガキ使での黒人差別問題について

まあ、ネット保守のこっちから言うと、

ガキ使のスポンサーに外資が入っていないかチェックしてほしいと思います。

もし外資が入っているならそっちの工作員が日本の倫理観を崩そうとしているはず。

芸者、和服、武士道、落語、そして神道のある日本という国の番組なのか?

黒人を睨みつけたら「お前本当に日本人かよ」と言われる日本という土地の番組なのか?

なぜ警察24時のガキ使をやったのに今度は「アメリカンポリス」なのか?

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日本の厳しい教育について

日本の教育って、厳しいですよね。でもなんで厳しいのでしょう。

何年か前の夏に、帰省したとき、周りの家がみんな立派な木造なのに隣のうちがトタンだったんです。

そこからばあさんが出てきて、久しぶりにめっちゃ大きくなった私を見るなり昔の話を始めました。

私は両親も夫も早くになくして、女手一つで3人の子供をそだてました

戦争が終わった頃で大変だった。でもこのとおり生きているでしょ

あなたのそんな 友達がいないとか就職がとかそんな問題なんなのさ

こんな感じであったと思います。

人間は昔、自然界とともにありました。自然は厳しく、不治の病や、飢饉や、水争いやら、資源を求める戦など、なんとか人間は食いつないでいた。

そういった生きるのが懸命だった頃、その頃の教育は立派でした。ええ。今と言っていることは変わりません。

子供は生き抜く方法を知らない。親や先生や上司は、なんとか生き抜く方法をたくさん知っていました。だから絶対だった。

ぶんなぐられてしつけをされるのは当然だった。ほんとうに死ぬということが近かったから。

できそこないはいじめられた。みんなが生き抜くのに足手まといになる人物はどんどんいためつけられ、排除された。しかしなぜか現代のような魂を殺す徹底的ないじめは存在しなかった。

例えば芸能。ふつう人間は農業をやったり、ものづくりして生きてゆくものですが、そこで芸の道へ進むとは、いったいどれほどの根性でしょうか。思い切り人を沸かして、それでやっと収入を得るものでした。

だからその頃の芸能界の厳しさはスポーツでも今でも残っています。

しかし、現代はどうでしょうか。人間は自然の脅威に打ち勝ち、人間だけの世界ができました。

もう、生きるために、ハードなつらい経験は、必要なくなりました。そうしたら、必死に生きる時代の人間を鍛え、しごく教育が、悪用されだしました。

みんな、楽に生きていく時代、みんなエネルギーを持っています。人間から、労働力を吸い取る時代が来ました。

親や上司の注意は、まったく同じ言葉でも、生き抜くためではなく、自分が得をするための、自分が欲しい人間にするための、そういった目的で使われるようになりました。

いまわたしは、食糧を貰い、障害者年金を貰いながら、そうやってぶら下がって生きている意味がないような、虚しい思いをしています。それは戦争を生き延びる辛さとは、まるで違い、

私の親の世代までは、なかなか理解されないはずです。

そこで、この出来そこないの訴えを聞いて欲しいのです。今の時代、チャラ男やギャルが人の足を踏ん付けて勝ち上がり、協力も愛も無い、作ることがダサいようなクールな時代に、

現代のどこが間違っているのか、一番知っているのは、できそこないたちです。

日本人同士の苛め、つぶしあいの手法

いま苛めがたくさん起こっているが、まずその定義をしたい。

だが、現状のいじめを考えると、定義ができないのです。それは被害者が訴えたら苛めということにしかならないのです。

日本人の苛めはまず集団が原点にある。自立した知性である白人の哲学と違い、日本人は烏合の衆でありスズメのように一斉に飛び立ち、はぐれたら食われる。イワシもヨワシも同じ。

とにかくその集団で一番下のカーストの人間は食いたい。中学生の時■■先生が社会の授業でみんなの前で(ええ。私こそ■■先生がネタにしていた生徒です)

人間は猿と同じだ。猿は誰かをいじめないといけない。人間も動物なのだから、苛めはしょうがない。必要悪

ということです。中学の先生が諦めているのです。日本人は猿だったんだ。

その中で、一人の最下位をどういじり倒すかが日本人のテクニックの真骨頂である。

先生に訴えるとする。日頃からジャンプや深夜アニメ、青年誌で罵倒や悪のやり方の知識に詳しい生徒は、日ごろから口が悪いので、苛められっ子が訴えたことを、全て冗談で片付けて、先生ももはやそういう世代なので、訴えを退けることになる。

先生のいないところでやるのはもちろん、苛められっ子が一度自滅行動にでたら、それが最後。■■先生が

掃除用具入れに入れられてドンかん叩かれたら一貫の終わりだ。もうヘトヘトになって出てくる 治らない

今の中学生に良心はなし、あとで自滅反応が起き実際に入ったら実際にやられた。

漫画、アニメで罵倒表現に詳しい子供は、その罵倒表現をそのまま苛めに使う。フィクションの表現ほど面白いものはなく、苛められっ子にとっては大打撃となりうる。

また女子は狡猾で、同じ店に入って、万引がここにいますと、躊躇なく叫ぶことができる。一月程その店から離れていたら、その女子自身が、本当に万引き常習になって自滅した。

また妬みも非常に激しい。知能の差が収入の差になり、人生を左右するので、受験競争やそこから外れた人物とか、激しい精神的な応酬が起こる。ヤンキーではなく、体力も交渉力も学力もある、チャラ男が最強である。

また親と社会の奴隷になったガリ勉はいい仕事につけずに、普通の給料でこき使われ、暗い人生を歩むことになる。

先生は自主性の名の下混乱を放置する。戦後政策により、子供の心を書き換えてはいけないことになっている。それは心の教育であり、ひいてはまた戦争をやる教育だと。だが学者の想像を絶するMIND WARSは教室の中で繰り広げられ、戦争にかった子が、社会をまた支配し、平民を奴隷にする。

更に集団行動、集団責任は、いくらやってもうまく行かない障害児には恐ろしいマインドコントロールであり、極端に自分の株価が下がる。0になってしまえば、自殺をしなくとも、とんでもない暴走をして一瞬だけ教室の場を誰よりも支配し、皆を怯えさせ授業を崩壊させたり、命すら別にいいので、平気で特攻して、あいにく苛めっ子を未遂に仕立て上げ、無意識のうちに顔がむっつりしてキョドった行動を街でやって、街を廃れさせることもできる。更に宇宙や神に怒りが向き(以下略)

そして、いじめた方は、鈍感で何にも気が付かず、何故か何も罰も喰らわない。

実は対策は日本においては数少ない。逆説として、日本特有の、おどろおどろしいゲームをやり、おどろおどろしい漫画を読んで、精神を鍛え、罵倒表現に慣れ、自分がそういった汚いものを身に着けないと、まともに防衛はできません。

さもなくばオカルトに手を出し本物の魔術、例えば引き寄せの法則すらそうです、それに手を出して神社に行かないといけないでしょう。なお組織に加わるとか、占い師やイタコ=チャネラーをあたるとまた金銭を毟り取られる。なんと高額な本をひとつ買うことが近道らしい。

特に相手に罰を食らわせる魔術が重要で、恨みも憎しみもなく静かに「機械的に」エネルギーを反射するのが好ましいです。

更にはフィクションでありながらなぜか異常なリアリティを持つ、SCP財団のサイトを読んで、あらゆるミーム災害、認知災害、異常物品への無意識による防衛も必要でしょう。SCiP防御メガネはどこでうっているのだろうか?

日本人は烏合の衆であり集団が絶対です。集団が命の他の日本人と違い、おそらくこれを読んでいるあなたは集合的無意識から外れて、独立した自我を持っているはずです。これは一億総玉砕なんかになってしまったら一番強いタイプなのです。がんばりましょう。

もはや巷のヒットなんとかやトレンド、タイムラインは全く無視して、自分にあった漫画を買い、自分にあった音楽を探し、自分にあった本を買って、烏合の衆にはたどり着けない悟りを得ることもできます。更に自分で機械や絵やら作品を作り上げるという偉業もできる。

おとなのいうことはきくな

ええ。体が事故に遭いそうとか、病気しそうとか、そういうときは親の言うことを聞くといいでしょう。

しかし、振り返ってみてこの日本において大人の精神論や勉強の仕方とか心の鍛え方とか、全部もともと自分の中で感じていたことのほうが正しかった。

勉強はがむしゃらに鍛えるものではなく楽にやるものだったし、

いけないことをさんざん言われて治すのではなく自分から勝手に仲良くなってマナーや構えを覚えるものだったし

科学図鑑やでんじろう先生の実験が面白くて科学に進むのではなく数学が面白くて科学に進むものだったし

宗教はそれに従い厳しく自分を律し生活を切り詰めて布施を出すのではなく自分から迷いながら神に近づくものだったし

学校は先生が当てにならなくて生徒同士でバトルする中国みたいなバトルフィールドだったし

意地悪しないとわかっていても大人は立入禁止にするし

原発はずさんな設計、工事、点検でボカン、だからってネット上にあふれるフリーエネルギーの情報は大人がインチキこいてるし

オーディオは低音ズンドコの共鳴箱よりタイムドメインのほうがいいし、サラウンドヘッドホンはDSPが必要なく耳をスピーカーで囲って配線だけで十分だった。ほとんどみんな共鳴箱に夢中。

大人はいけないことをこっそり、ときに堂々と自分でやるし、子供の目の前で喧嘩するし、ニュースはいつも世間でこんな悪い事やってますよって宣伝しているし、

ゆるキャラ人形をだきながら寝ていたほうが全てにおいてマシだ。それでもフリーエネルギーの研究の方をやって、自滅するんだけれどね。今日も疲れた

BattleBotsはとても残酷なロボコンですね

最近日本でも注目されるBattleBotsというロボットの殺し合いゲームです。

すげえ迫力だがなんかロボットがかわいそうで観客がみんな素直に喜んでいるのが気味が悪いです。

すべての日本人には向いていません。心が痛む人も結構多いでしょう。だが、心理学では自分の嫌いだけれど気になってしょうがないものはシャドウ、つまり影と言われるのですよ。

私はいじめに何度もあってきました。このままでは魂まで崩壊しかねない恐怖を、何度も何度も、小さな頃から 中学でも、工業高校の「電子科」でも、ええ電子科です。あってきました。

そういったいじめというのはまさにBattleBotsの終盤みたいなところがあって、勝利に近いチームはすごい快感になるし、観客もそっちに賞賛を強く送ります。

日本のいじめは狡猾で、肉体も全く傷つけず韓国人のような張り合いもせずに、静かに、しつこく、見つからず、正義を振りかざして正当化させ、私ではないがどうも起こっているケースでは先生も賞賛を送り 魂をBattleBotsの勢いで壊していくのですから、

アメリカは逆にBattleBotsやRobot-Warで済んでいるし、中国韓国は喧嘩で済んでいるのだ、日本のいじめは静かに正当化され、ターゲットは内側から滅んでいくのだ、自滅ではない自滅をして喜んでいるのはクラスのみんなだ、ということです。

また核家族や共働き、受験戦争やゲーム漫画の時間0で愛がなくなり家族同士でBattleBotsやっている場合もあるようです。ターゲットはよく精神分析され本当は何をされたのか気づかないままこき使われ自殺さえするようです。

日本のカルト宗教も同じような側面がないのか心配しています。

そして電子科でいじめられました。日本の電子科はかくも理性や論理的思考を失い、そして電子立国は滅んでいくのでしょうか。

そして私のまさに次回作にご期待ください。気が狂っているつもりはありません。→結果 気が狂っていた。自滅です。何を作っていたのか、それはリククーブログで。

親の愛情は絶対なのか。毒親はありえるのか。

親の愛情は絶対だと言われています。どんな子供でもどんな親でも親から子への愛情は絶対だ、といわれています。

ところが最近は毒親という概念が広まっています。子供の心のためにならない親のことです。

最近は毒親にやられたという訴えを起こす人がどんどん増えています。専門のサイトもいくつもあります。

親はかように子供をいじめるのでしょうか。ありうるのでしょうか。

たとえかなりの悪人であっても、子供はしっかり育てるという傾向にあります。どうもこれは性愛と同じぐらい本能レベルの愛情です。

本能は一族をどう繁栄させ、生き残るかということに注力する。昔ならガタイのいい男、美女に育てたが、今はそう学力、脳の力を良くすることに注力する。そして子供をそっちに向かわせる。実は会話力が一番大事なのだが、何故か会話なんて大したことないと無視する。

親の愛は本能レベルで備わっているものです。肉体の遺伝子プログラムの性質により、親の子供への接し方は色々あると思われますが、

子供に害があるのは「しごく愛」でしょう。正面から愛情を与えず、子供にとって嫌な目に合わせて子供は確かに経験値を得て自立するが、愛が足りず誰からも応援されない孤独を味わうでしょう。肉体は確かに自立できるレベルへ発達するが、心が枯れてしまうのです。

子供に厳格な倫理規制や勉強漬け、ゲーム禁止、など社会から孤立させて親の愛だけで生きるように仕向け、子供の行動、思考を親だけが植え付けられるようにして、完全に親に有線で繋がれデバッグされて、閉ざされた心の空間で優秀な人間になるように培養するが、たいてい失敗します。

そのような人間は自我の芽を親に独自の考えはいらないと潰されている(しかも親の予測不能な行動により、親の心が読めない、人の心を読む法則もつかめない)ので人の意向を受け入れることしかできないので免疫がなく野生のサイコパスや体育系やスネ夫、挙句先生や上司にいともかんたんにこき使われいじめられて終わり(karoushiとかで)なのです。

親の遺伝子プログラムの性質がどうであろうと、私からは心から努力して子育ての方法を探っていけば、かならずそれなりに子供は育つと言っておきます。

しかし先進国で十分なお金があれば子供を産んで育てる、もしくは独身、食うのも水も洗濯も困らない状況で、親が子供のために努力をする範囲が減っているのです。命を親が繋いでくれたという実感が子供には湧きにくい。

さらに心から努力しない親の性質も毒親で検索して明らかで、

子供に知識と体力をつけさせるがしごく愛以外何もしてくれない、その裏には親の親も毒親だった、親自身に心の発達の遅れとか、

更にカルト宗教に取り込まれて子供は二の次でお布施と祈願と伝道活動という自分の時間さえなくなる、ご利益だけが生きる目的みたいな、そういった親もいるようですから、さらに実は教祖自身が毒親にやられているとか。

「1日10時間勉強しないと進学校に入れない人は一番進学校に入っちゃダメな人」という意見に賛同する人続出「ほんとそれ」「全国の親御さんに見てほしい」 togetterまとめ

ほらね。まあこのブログを見ていれば察しのつく教祖が小さい頃からこれをやられているのです。もちろん会員2世3世も。

井口和基氏の言葉を借りますと、まあ世も末だな、となります。ええ、とにかく生きていればどんな目にあってもいい、そんなフクシアの時代は先進国では終わりましたからね。古い人間はおいてけぼりにしましょう。

資本主義と詐欺はカルト宗教へ収束

企業がお客様相手にぞんざいな扱いをするって、ままありますよね。

特にインターネット上の商売で多いです。

例えばサイバーノーガード戦法と言って、ろくな防備をせず個人情報をまんまと取られた上で自分は悪くない被害者だと叫び裁判を起こすなどする日本独特の情報セキリュティ対応があります。

例えばWindows。他のWindowsではない何かを使うとわかるが、急に動きが重くなり、いろいろな手入れが必要で、勝手にシャットダウンとか 挙句、Windowsのためだけにいろいろなソフトを購入して快適さを取り戻したり、パソコンそのものを取り替えては、メモリが相変わらず2GBで本末転倒。分解してメモリを足すようです。

例えばネット詐欺。最近はAmazonでなあに3〜9割引きでいいものが売ってあるのね。ところが注文したら、何も届かない。返金はしてもらっても犯罪集団に個人情報が渡ってしまって何が起きているのかわからないと来た。こんな問題はいずれ起こりうると何度もメールで指摘しても、システムを直さないのだそうです。このような問題は他のネット取引サイトでも多い。

例えばPCデポ。金はあるが判断の鈍い老人、わけのわからないコンピュータの世界。次々とオプションや高性能パーツを誘って、どんどんお金を支払わせるし、変な囲い込みをやって孫が問題を解決できない、いつでもPCデポに行くしか何もできなくする商売。

詐欺なんて昔からあるが、最近の詐欺はますます巧妙です。しかしなぜそのようなことをするのが得なのでしょうか。

資本主義経済。金持ちが何でも許される時代。あらゆる問題が起こりうるが、仕事とは人の抱えている問題を解決すること。さっさと解決しては、仕事がなくなる。とくにこのコンピューターの時代。だから、新しい問題を起こす。少しづつしか解決しない。ずっと仕事があり、ずっと支払う。これで金儲けするのだから、詐欺に近くなる。

そしてこんな時代の勝者の最たるものはカルト宗教。日本では政界にまで食い込んで某与党と、幸福実現党は誰も止められない。綺麗事をいい、人生の問題は解決せず、社会の問題も解決せず、ますます大きくなりただそれを打ち砕こうと信者はお布施と祈願に励む。ほんと祈りではなんにもならないのに。

資本主義経済。果たしてこの害毒を止めるものは何か。私は前に言ったはずです。いろいろな政治主義、政治思想が提言されてきた どれも極論しかないし、あらゆる国が極論しか取り入れようとしない。それではだめです。極論をそのまま実行してはだめ、日本で薬価と医療保険があるように ミックスしてちょうどよくしないとだめだと。さらに自由平等博愛も3つとも突き詰めず引っ張り合ってバランスを取るべきだと。

そしてやはり教育が未来を決めるものです。クラスで人間関係の弱肉強食、いじめ放置で子供を腐らせるのは文科省であり政府でありひいてはそれを放置する国民、日本そのものなのです。国民が恐れるのはお上 お上が恐れているのは国民 どっちも動けないようでは何も変わりません。