資本主義と詐欺はカルト宗教へ収束

企業がお客様相手にぞんざいな扱いをするって、ままありますよね。

特にインターネット上の商売で多いです。

例えばサイバーノーガード戦法と言って、ろくな防備をせず個人情報をまんまと取られた上で自分は悪くない被害者だと叫び裁判を起こすなどする日本独特の情報セキリュティ対応があります。

例えばWindows。他のWindowsではない何かを使うとわかるが、急に動きが重くなり、いろいろな手入れが必要で、勝手にシャットダウンとか 挙句、Windowsのためだけにいろいろなソフトを購入して快適さを取り戻したり、パソコンそのものを取り替えては、メモリが相変わらず2GBで本末転倒。分解してメモリを足すようです。

例えばネット詐欺。最近はAmazonでなあに3〜9割引きでいいものが売ってあるのね。ところが注文したら、何も届かない。返金はしてもらっても犯罪集団に個人情報が渡ってしまって何が起きているのかわからないと来た。こんな問題はいずれ起こりうると何度もメールで指摘しても、システムを直さないのだそうです。このような問題は他のネット取引サイトでも多い。

例えばPCデポ。金はあるが判断の鈍い老人、わけのわからないコンピュータの世界。次々とオプションや高性能パーツを誘って、どんどんお金を支払わせるし、変な囲い込みをやって孫が問題を解決できない、いつでもPCデポに行くしか何もできなくする商売。

詐欺なんて昔からあるが、最近の詐欺はますます巧妙です。しかしなぜそのようなことをするのが得なのでしょうか。

資本主義経済。金持ちが何でも許される時代。あらゆる問題が起こりうるが、仕事とは人の抱えている問題を解決すること。さっさと解決しては、仕事がなくなる。とくにこのコンピューターの時代。だから、新しい問題を起こす。少しづつしか解決しない。ずっと仕事があり、ずっと支払う。これで金儲けするのだから、詐欺に近くなる。

そしてこんな時代の勝者の最たるものはカルト宗教。日本では政界にまで食い込んで某与党と、幸福実現党は誰も止められない。綺麗事をいい、人生の問題は解決せず、社会の問題も解決せず、ますます大きくなりただそれを打ち砕こうと信者はお布施と祈願に励む。ほんと祈りではなんにもならないのに。

資本主義経済。果たしてこの害毒を止めるものは何か。私は前に言ったはずです。いろいろな政治主義、政治思想が提言されてきた どれも極論しかないし、あらゆる国が極論しか取り入れようとしない。それではだめです。極論をそのまま実行してはだめ、日本で薬価と医療保険があるように ミックスしてちょうどよくしないとだめだと。さらに自由平等博愛も3つとも突き詰めず引っ張り合ってバランスを取るべきだと。

そしてやはり教育が未来を決めるものです。クラスで人間関係の弱肉強食、いじめ放置で子供を腐らせるのは文科省であり政府でありひいてはそれを放置する国民、日本そのものなのです。国民が恐れるのはお上 お上が恐れているのは国民 どっちも動けないようでは何も変わりません。

日本人は従うことが得意。従うべき人がいないと?

日本にはすごい秩序があって、犯罪は少ないし、みんな譲り合うし、暮らしていくにはいい国らしいです。

ええ、小さいころから上に従うことをよく覚えるので、そう激しい人物は出ません。しかし、そんな日本にはなにか閉塞があり、外人に負けるときはみんな道連れで大敗します。

太平洋戦争も、バブル崩壊の不況も、それから70年ほどたった3.11でも、なぜか失敗のパターンはどこか共通点がないでしょうか。

それは日本人は従うことをよく覚えるが、人を従わせて成功することがなぜか苦手だ、いざ従うべき人がいないトップレベルの人間になってしまったら、何をしていいのかわからず、指針がないため自らのための闘争に陥りさらにおそらく負けるのだから先に負けてしまえと自滅さえしてしまう。

こんな感じで正しい理解でしょうか。外人がしないような失敗だけは日本人はよくするのですよ。

改善するには、教育システムを変えるのがいちばんいい。秩序を保ちながら人を率いるためには、どうしたらいいのかはよくわからないが、変えるべきところはよくわかる。

苛めに対し相応の処罰を与える、先生の指示を一貫させる、正解のはっきりしない問題を扱える様にする、全く知らないことへの対応力を身に付けさせる、自由に課題を選ばせながら研究ポリシーはひとつのしっかりしたものを身に付けさせる、先生が生徒の人間関係に介入して健全な方向へ導く、ええもっとあるかも知れません。

そしてもう今までの教育を続けてはいけません。子供達の性質が今までとかなり異なります。

昔のようなとにかく駄目なことをしたら単に叱りつける教育は通じません。なぜ駄目なのか、どうしたらみんなに受け入れられるか、理屈で教える必要があるし、怒鳴ってばかりでは何が問題なのかわかってもどうしたら解決するか全く見えてこないので自分の存在に理由を求め生まれてこなければよかったというまでになるかも知れません。

こういった自分を否定させ、自我を崩壊させて新しい人格を植え付ける、旧来の教育は、その根っこのポリシーが堕落して、もはやブラック企業やカルト宗教の常套になり、厳しい教育で知られる舞妓はフィクションでは精密なロボットにされる扱いです。これから世界情勢はどうなるか、どちらにしろ太平洋戦争のころの教育観はそのまま未来へは適用できません。

日本の学力低下の原因:友達にマインドコントロール

こんばんわ。

日本の学力低下が叫ばれて久しいです。

学校が辛いところである人がどんどん増えています。

楽しいはずの学校。淡々と授業を受け、友達と付き合い、成績は何故か伸びなくて心が虚しい。

どうなっているのでしょうか。何を疑うべきなのでしょうか。

私が高校にいた頃、あこがれの「ロボット研究同好会」に入りました。

しかし、先輩方はなぜかろくにマシンの手入れもせずに遊んでばかり。

私も気合が出ないは、なまじ電子工作をかじって天狗になっていたのを押さえつけもせずに、蛇の目基板にもりそばでなくわがままを中途半端に通し「彫刻刀」で基板を削って回路を作ることに。

ろくに気合が出ない。部活に来ているのにつまらない。奇妙なジョークにPCのエロゲー、なぜか序列は軍隊式で、やめた人が部室に入ると敬語もせずに小馬鹿にして接します。

こんな部活は腐っている。半年でやめて、図書館にこもりました。

親のルートで聞いた情報によると、ある先輩が部活の時間にみんなと遊んで家でこっそりミニ旋盤まで買ってシコシコマシンをこしらえていたのが発端だそうです。

これはつまり、周りの人間が成果を出せないように工作し、挙句後輩の芽を潰したのです。事実どんちゃん騒ぎは私がやめると収まってきました。ええ私もあの頃は本当にキモい性格だったので申し訳ないが(今でもこんなブログ書いているだろうが!)

多分ゲームやメールでみんなと付き合っておきながら絶妙に周りが勉強しなくなるように工作したり、成績のいきなり良くなった人を成績のいい人までいじめるとか、周りがさぶいとか引くことを言うとか、勉強デビューと罵りながら自分が勉強デビューとか、同じ宗教の人が徒党を組んであっさり信仰告白した幸福の科学の会員をいじめるとか、あげく万引きしたのこいつですと言うとか、ありえなくないし、自分は自分の妬みで精一杯だったから周りが本当に何をしてくれたかよくわからないのですね。しかも親の世代より悪いことのやり方をよーく知っているので親がフォローしきれない。下手をするとモンスターペアレント扱いにされる。

そうして全体、ひいては日本の学力が下がり、サイコパスや感情より頭を優先させるクレイジー野郎がいい大学に行くのですね。道理で一流大学の生徒が事件を起こすわけだ。道理で官僚や経営陣は(以下略)

∴ いじめを食い止めない先生方の教育方針は学力低下に直結するぞという警告でした。

マインドコントロールはもはや宗教だけがするものではなくなりました。

皆さん、この世はすでに弱肉強食のすり鉢地獄だから くれぐれもいじめ対策やマインドコントロール防止の知識はしっかりつけておくように。勉強より優先ですよ。

もはや日本人は遺伝子も民族も違うはずなのに人をいじめるときは彼らの朝鮮人のステレオタイプそのものになることがわかっていると思います。

本当は遺伝子や民族ではないのです。日本人であろうと彼らの性格が彼らの言う朝鮮人のステレオタイプなのであれば、非難されるべきなのです。

信心深い良き人間であることの悪

日本人、大抵のみんなは良き人間でありたいとおもうでしょう。

そして、伝記や人物事典や道徳の本を読んで感動するでしょう。

しかし、良き人間になろうとすることは、並大抵のことではない。

古くから良き人間の性格とされているものには重大な脆弱性があり、ころりとやられます。

やさしい=いじめられやすい、搾取される

努力家=努力しなくてもできることが嫌 無駄に金をつぎ込み無駄な努力をする

節約家=お金があっても貧乏くさい 無駄な苦労をする

覚えがいい=自分の考えを持たず覚えたことでしか動けない

まじめ=サイコパスに搾取される恐れあり

恨みや憎しみを持たない これは無理。最近のアンチカルトのトレンドはこの話題。自分が本当にやられたらそれに応じた感情は持って然るべき、でないと更に攻撃される

仕返ししない、暴力を振るわない=ネット右翼が指摘する問題と同じ。仕返ししないならさらに攻撃してしまえということになる

妬まない=程よい妬みはジャンプアップの起源になる。妬みがまったくないなら向上心を失ってだれている可能性もある。

エロや異性に興味を持たない=親の教育も原因か、自分に厳格すぎてバーンアウトしている恐れがある。たぶん他のやる気もだいぶ失っているはず、実はブログ主

いわゆる信心深い=自分の宗教がカルトに堕落しても信じ続ける その宗教のレベルを超えることがない 単に信心深いだけでは真実にたどり着けない。自分の哲学を持とう

でしょう?いい子になりきれないキモオタ(ブログ主含む)をしりめに なんであんなヤンキーがせっせと工事やってイキイキして結婚までしているのか?自分の判断で生き、確実にそれで成功している。

偉人伝に出るような人物もそれに書いてないだけで結構不可思議なものです。「アスペルガーの偉人たち」には気の毒な真実が書いてあるし、ジョブスの漫画は喧嘩で満ちています。自己防衛では彼らもでかいことやっている。

私は善と悪、神と悪魔の概念は世間で伝わっていることが真実と違うかもしれないと思っています。どれぐらいかというともちろん180°ではなくまあ90°ですね。

良き人間の定義を変え、王から奴隷までのピラミッドを構築しやすいように変えた存在がいると思っています。特に学校でよくこうした良き人間の概念を教わります。中学の反戦教育なんて弱気な人間を作る最も効果的なことをしています。

工業高校に機械に興味があって入学し、ボロボロになって卒業しました。あそこは単に何も感情もなく工場で働く人を育てる場だったのです。日本にクリエイターはゲームをのぞいてはいらないと理解せざるを得ません、

自分勝手に成功してもらわれては王様の意味がないです。日本だけでなく地球文明の問題だと思います。

そして宗教の言う綺麗事に惑わされないで、まず自分を大事にしろという大原則に気づきました。

宗教は人を導くものだと思っていたら、人を押さえつけるための存在でもあったという結論に至る。信心深い人は大きな成功もせずに、こじんまりと生きるし、社会構造をより良く作り変える気もなくシステムに従順だったりするし、野生の動物でなくて飼いならされた人間になってしまっている。

あげく魔法入門MAGICAというブログには、覚醒、真の能力に目覚めるための手段を戒律の名のもとに信者ができなくして、リーダーと取り巻きだけが真の能力を使えるようにすると書いてあります。それをここで語るの早いが、覚醒には程よい性的な興奮と、優れた音楽を探して酔うことが重要と思われます。

宗教は支配層の右に出るものをなくすための手段でもあったのです。しかし現代社会はスポット的に陰謀が効きすぎてむちゃくちゃになる人間が出ているのをなんとかしてほしいです。

とくにカルト宗教と普通の宗教はときに見分けが難しいです。それはカルト宗教もだいたい普通の宗教がやることをやるからです。そこで信者からのエネルギー収穫を最大化するとカルトになるのです。宗教団体という仕組み自体にうっすらと集団支配の力を感じざるを得ません。今の所どこがいいかわからないので、一人で神と向き合いたいです。

いじめを許す文科省と教育委員会に告ぐ

ここのところまたいじめ問題が出てきていますね。

まず先生がいじめを無視したり煽ったりする真の意味を考えます。子供同士でやっているならともかく、学校で出会っていじめるということは、

つまり国家権力の一つである、わざわざ子供を囲い込んで国がやっていることである公教育機関において、いじめられっ子は何を悟るかというと、学校に警察が来なくて、権力の末端である先生がいじめを許すということで、つまり国がいじめを許しているととらえる。

つまり、いじめられっ子の真の敵は、日本国家であるとみなす。さらにこんな人生にしたのはだれかと神にまでストレスをぶつける。恐ろしいことですが私はやりました。国家まで追求するのはロジックに全くおかしなことはありません。

教育委員会や学校がいじめをむしろ許すというのがふつうになってきている。親が訴えてもなおシラを通す。

先生も色々言い訳をしますが 悪いことは許されぬはずなのに よくもこの現代において犯罪を許すという法治国家にあるまじき様相です。

あなた達はむしろいじめが必要だと思ってらっしゃるのですね。そうとしか思えません。

ええ。ブラック企業などの労使問題、政治家の汚職や権力、芸能界のコネ出世、企業の利権と地上げつり上げ独占、高利貸し、カルト宗教及び秘密結社、いろいろな問題がこの日本にあるが

いじめを許すことで、子どもたちに支配と服従の概念を覚えさせ、横のつながりよりもこの2つをとても重視させ、優れた豊かな人が僅かな縦割りピラミッド社会を勧めているのですよね。

いじめっ子は支配側に、いじめられっ子は服従の側に生涯させ、階級を固定化させるのですよね。現代でも階級はなくなっていない、現にあるのですよね。

搾取できる人からみっちり搾取できる、しかも合法に。そんなしくみをあなたがたは築き上げてきたのですよね。さらに奴隷が自ら自分自信を差し出すまでに。その基礎勉強がいじめなのですよね。

あなたがたはもっといじめを普及させたいんですよね。そうとしか思えません。自分たちが上であるために、奴隷を育てたいのですよね。

さらに苦しんでどこにもやり場のない人間の悪想念をかき集め栄養にしている悪しき存在も十分に考えられます。

そして、一旦いじめを悪だと認定し取り締まるようにしたら、先にも取り上げた世の中の殆どの悪がいじめの要素が入っているので、それらも取り締まらないといけないのを恐れているのですよね。

あなたがたは人間のすべてへの絶望とその後のロボット化をやりたいのですよね。

もしそのつもりでなければコメントください。(DEBUNKしてやります)

この日本がどのようにして平和と繁栄を築き上げたのか。振り返ってみてください。三丁目の夕日とプロジェクトXにあったようなさまざまな協力があったからです。あのころいじめは直ちに撃退されました。貧しい中みんなで協力して努力しました。

日本国家への反逆から左翼への転向へ仕向けているはずが、今インターネットでは教育がおかしいのは戦後政策と日教組のせいだという意見が多数であり、逆にネット右翼が増える。さらに陰謀論は証拠こそないがまさにいじめられっ子の経験から世界はまさにこうなっているという結論になります。

このままでは日本がおかしくなり、あなたがたも金を儲けるどころか生きることさえ難しくなる、カルマの転嫁も拒否されるでしょう。

そして心あるものだけが生き残れるのだということを忘れてはいけません。

NoSQL人間は意見を持たない

5年ぐらい前NoSQLというバズワードがコンピュータ業界ではやったんです。

それはかんたんなことで、Excelのシートみたいな縦横無尽な記憶でなく、a=b c=dというかんたんな記憶を高速に出し入れして処理を単純に軽くしようというものです。

ネット上では何も考えなくてもいいコンピュータもどんどん増えていて、覚えて出すだけ。クラウドなんかそうです。かのネットブックのCPUを使っている。

人間なんかもそうです。かの日能研でも覚えて書き出す練習の続きです。中学でも高校でも。

自分の意見を言うのはテストの最後の問題だけで、

国語は明治文学の著者と著書があたっても実際読まないし、日本語を正しく解釈しようが先生と同じ感想でないとボツ。

社会でも何も考えず用語を暗記しては、自分の意見がない。右も左も定まらない。歴史の解釈とそこから悟りを得るという余裕なんてない。

理科に至っては数式はいじれるが実際その電界や磁界の正体が何なのかがわからない。電子はわかる正孔が動くってなんだ?量子力学なんてとくに習う側はほとんど何もわかってないのと同じだ。とくになんでもない情報を覚えることになる。

そこで大学に入るとする。大学では研究テーマを決めて論文にしないといけない。いきなり自分の頭で考えることになる。もう受験で勝って大学出ていい職につくことしか頭にない。何をするかわからない。わからないから無駄に覚えることがない。だから覚えない。評価が低い。

受験生に人生のテーマは定まっていないことがあります。大学出ていい職つくだけ。宿題をやるように仕事すればいいんでしょ。主義がないか日教組による自虐+社会主義が植え付けられている。なにも生み出せない。自分の主義がない。人に自分を差し出すだけ。

NoSQLな頭脳はガタイが良くてずる賢いジャイアンタイプやサイコパスにこき使われて終わり。辞書にされて終わり。出世なんてできない。ちょっと遊んでいるようなやつに負ける。

そうすると極端なパターンとして、東大出たが車はまるで運転できないとか、自分の存在そのものを先生に差し出すことにつかれてドロップアウトする人や、人間関係より勉強を優先し、人と仲良くなれず社会に入れず仕事ができずカルト宗教にハマるとか、むしろカルトを作る人間ができます。

とくに哲学や宗教に重きを置く子供は受験戦争にむやみに突っ込んでいいものではない。逆に幼いときから精神を削るのが受験戦争ですから。自分の本心に抗うのが学歴をあげることですから。

大川さんは受験戦争に突っ込まなければ不思議な力を保てた気がする。

残念ながら最初から全てをわかっている人が勝つのがこの世です。とにかく元気に少しわがままなぐらい自分の個性をもて。

日本のいじめ深刻化は戦後自虐史観が原因

中学の社会科は反戦教育でいっぱいです。

日本は武力を持たないでも自分から攻めなければ、またいい子であれば責められることはないと教えられます、

ところが学校の中ですらどうでしょうか。心の防壁や言い返し、自分を守る意志の宣言、暴力にはさらりとかわす受け身が重要です。

日本の反戦教育はこれらを否定するものであり、単にいい子であって「防衛という暴力」のない子供はたちまちにしていじめられ心をぼろぼろにします。

実際において反戦教育の理論は日本の実社会や学校の中ですら机上の空論であります。

反戦教育によっていじめの対策で混乱した私がどこまでおかしくなったかはこのブログをよく見るとわかると思われます。

そしてこれらのマインドセットをもちろんGHQや第二次解放戦線は故意に設計し教育に組み込んだと考えています。地球はまさにゲスい星なのです。

教育は国家権力がわざわざ子供たちを囲い込んでやるものである。その中で先生はいじめに真剣に取り組まず、無視し、あげく煽るとする。いじめられる子供たちの理解はまさしく

この国に私は必要ない。解体される存在なのだ、という風にしかなりません。そうするとどんな暴発をするか。犯罪を犯すか神を呪うか異性をフリまくるかそれとも?あのアクシデントはいじめられっ子の集合念で起きていないのか。

まあこのぐらいのことが日本の国家の設計ポリシーなんでしょうね。

反省しない古い人間は置いてけぼりにしようぜ!