日本のあるべき教育と今の教育

岡潔の説によると、日本人は側頭葉が強くて、宇宙とつながり、宇宙の気持ちがわかることで生きている。

外人は自分の権利で頭がいっぱいだったりするが、戦争もやるし、協力というのが心からできず、バトルをよくやり、金をため込む。

だが日本人でも子供は宇宙とつながる機能が弱く、世界も狭く、低レベルな争いをやりがちで、宇宙と接続するようにしないといけない。

だが現代の学校の「空気読め」という言葉は宇宙の在り方ではなくクラスの人間関係の支配体制を壊すなということに過ぎない。

何しろ今の学校のやっていることは自我を消すことなのだ。そうすれば自分の意見がなくなり、宇宙に薄くはつながることができる、が、なんにでも流され、志なく、社会に回され働かされ続ける。

クソガキは体罰や精神的に追い詰めたりして、脅迫によって何もできなくし、いい子にする、そこに子供をどうやってまともな人間にするか、という考えはない。単に虐待、いい子でいなければ徹底的に叩き潰すというただそれだけの教育だ。表面的に体罰は悪い、という問題ではない。悪い子は反省する余裕すらなく、単に大人の物理的、精神的、法律の暴力によって、服従させられるだけで、おとなはだれも私の個性など微塵も認めなかったし、私に光を見出すことはなかった。だから私は狂った。悪いことを我慢しているだけで、好きあればまたこのブログで、正義正論という名の暴力を振るうだろう。このような教育法は古典的な心理学より十分に遅れている。

日本の伝統的な、根性論がある。アニメでも昔は熱血が多かった。実はオカルトサイトによると、人間はリラックスしているときが最も念力が強く、熱血は下手をすればリラックスの欠損である。ということは熱血や根性論で教育し自ら苦しんで働く奴隷を作るか、それでもリラックスしてヘラヘラしている人をリーダーにする、ということもできる。だから太平洋戦争で負ける。

バトルは起こる。そこで勝利を収めたものがたとえいじめっ子であっても支配する側に入る。公立学校はバトルフィールドだったのだ。

科学技術は日本人にとって、とても受け入れがたいものだ。それが教育にも現れている。技術立国はそれで金が稼げるという理由でなっただけで、技術の使い方を知らないリーダーはIT技術に対しては恐れおののき、敵として扱っているようにさえ思える、日本の伝統文化は科学技術を受け入れることがなかった。技術者は多くの日本人にとって、生意気な存在なのだ。

こんな国に高級霊が生まれ落ちたって、損するばかりで、カルトの教祖になるだけ、生まれてきた子供を実質しごいていじめ抜こうと思っている大人のもとには、はじめからそうされるぐらいしか価値のない、暗い霊が生まれてくる。あとから十分な愛を与えようと決めたからって遅い。どう愛していいかわからない、育ててストレスや怒りや憎悪ばかり貯まる、どうもしようもない存在がいるのだから、心なき日本人には心なき子供が生まれてくる。

こういう教育にまんまと染まってしまったから日本がぶっ壊れ始めた。今すぐに地球環境のことを考えて自分が宇宙とつながった、気分になるだけでいい、日本人の脳はそれができるからだ、そうすれば今やるべきことがよくわかる。

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こんな国は・・・

人間が全く好きではなく、アニメやゲームのキャラのほうがよほど好きだというリアル国家は、どうなることやら。

誰かをいじめないと全体の人間関係がおかしくなるとみんな思っている国は、どうなることやら。

伝統的な宗教、価値観、根性、道徳の名のもとに子どもたちを傷つけている国は、どうなることやら。

人をいじめる人に仕返しをしないで、どんどん弱者をいじめ、最後は次の世代の赤ん坊に年金すらやらないという国は、どうなることやら。

人をいじめるリーダーにそこはおかしいと誰も言わないで、周り含めてやがて全滅する国は、どうなることやら。

子どもたちに戦争やガチの黒魔術とか弱者を放っておくとか受験戦争とかスクールカースト(実態は精神戦争)いろいろクールなことを植え付ける国はどうなることやら。

何もかもを変える技術が国内から出ると誰もがシカトしたり投資を渋ったり非難して、外国から来ると大歓迎する国は、どうなることやら。

社会を破壊するカルト宗教がまともに権力や裏権力を持っている国は、どうなることやら。

どことはいいませんが

反省しないやつは置いてけぼりにしようぜ!

日本の教育は現実を見てない

日本の教育のあり方とはなんだったのでしょうか。

これまた 岡潔の哲学を参考にすると、つまり日本人は自我が薄く、心と心がつながり一つの和を作っている。この和は宇宙の和でもある、ということになります。

とくに生まれたての赤ん坊には自我がないです。そのまま、親はあれやこれや子供にいろいろなことをさせて、礼儀をしつけて宇宙との接続を図る教育だったのです。

だが現代、そういった親があれやこれやと習い事をさせたり、自分の個性よりもとにかくしつけとか自分を消すような教育をやる親が多くて、毒親といわれるのだそうです。

だが極端な見方では日本は毒親だらけなのだ、ともいうのです。日本人の教育のあり方は、個性やとくに桜に椿の花は咲かないような、生まれ持った光を無視して、とにかく親の自尊心を満足させるために、子供を痛めつけるのだ、と。

ええ。ごもっともです。しかしそこで無闇に西洋型の教育をいれるのも、国防上はあまりおすすめできない。

で、何が間違っているのかというと、 今はこどもが物心がつくのが4歳あたりなのですが、親の世代は10歳ぐらいだったというのです。私は3歳ではっきりした自我を持ちました。案の定それは夫婦喧嘩を見て。そして子供がいきなり自我を持つのですから異常に汚くて、低レベルなものです。それこそ保育園で仲良くできずに ケンカとかやって、希望がもうないんです。おれは世間のどこからも祓われる、悪魔の生まれ変わりだった可能性が高いと思われるぐらいの感覚です。

何か しらないけれど 今の日本人の子供はかなり小さなうちから自分の存在に目覚め、他人とか宇宙より自分の利益を求めるようになるのです。こうなってしまったら今までの日本の教育の感覚は通じません。

結局ケンカやいじめ、毒親など、私はかつての西洋文明が何べんも戦争で経験した、自分の価値とか信仰をかけた精神的な暴力で大人になったのです。もう他の日本人とは違います。作業所でも事実浮いているのです。

何が、こどもにごく小さなころから、自我の感覚を持たせるのでしょうか。それは 大人、この社会こそが、自我とか、個人的な利益という感覚に支配され、子供は親の思いどうりに育てる、大宇宙との接続を捨て去り、日本人だけのピリピリした集合意識に固まってつっついてバトルしているすみっこぐらしの現代日本社会がそれをもたらすのでしょう。

また戦隊ヒーローやプリキュアも好戦的で、自我の感覚を小さいころから植え込むものです。とくに少年マンガは西洋オカルトの価値観が強くはいっており、魔法界のようにみんな平気でバトルするようになります。もちろんハリー・ポッターも日本の静山社の訳は結局一番へただといわれていて命がライトノベルのように軽く、インディゴチルドレンの情報も少なくカルトもはびこり、オカルトではるかなる高みへいける手段が、日本では無くなっています。

我々子供はこんな社会をひっくり返さないといけません。だれが何といおうと自分を宇宙に接続し、宇宙のフォースとともにある感覚を持つべきです。そうすると宇宙の叡智が自分の内に宿り、やるべきことがたちどころに分かり、金はなくとも幸せな人生を歩めるでしょう。

日本のやり方

真理に至る道は複数あり、入り口は多数ある

日本の真理に至るやり方は西洋と真逆 あえて中国とは言わない まさしく日本

国境にとらわれては真理に至らない <> 神国を作った

個人が自由にやるのが大事 <> みんなでまとまろう

どんどんビジネスをやろう <> その場をしのぎながら1000年店を開く

人間の高度な思考が自然を上回る <> 自然を敬おう

全部理知性が解決する <> よくわからないがなんとかなる

命ほど大事なものはない <> 大事なことには命さえ捨てる

専門店 <> 総合商社

など どっちが日本なのかよくわかるよね。

中途半端に西洋のやりかたを入れてしまうと、真理に至る山の横を回って遠回りになってしまう。疲れるしみんなで混乱する

なぜ西洋のやり方と真逆なのか。地政学的要素も強く、理にかなっている。戦争は神から見れば負けた方が勝ちだというが 日本は大陸で負けた人が集まり、また負けても国が生きている。この意味も考えるべき

これから日本的なやり方をより極めるべき。

人形を消毒したい

人形を洗濯する方法はあるけれど、洗濯できないとか、洗濯しても菌が落ちていなさそうとか

そういった心配の時に人形を消毒する方法を教えます

大体の人形の、ワタの奥まで消毒できます。

スーパーの袋(刺身や魚、肉、納豆を入れていないもの)とか新品のゴミ袋に人形を入れ、

消毒用アルコール100mlのふたを開けて倒れないようにセットします。これができないならティッシュに思い切りアルコールを染み込ませ、人形に触れないようにセットしてもいいでしょう。

袋を縛り完全に密閉します。

それから6時間ほど待ってください。

袋を開けると人形がいい顔して出てきます。この行いはたぶん心の健康にもいいはずです。

民主主義やる気あるのか!?

白人はどうでしょうか。自分の利益を求め、国に積極的に政策を促すのをみんなでやっているから、支配層はそれに応じざるを得ないのです。

日本はどうでしょうか。マスコミは盛んに政治家の汚職を叫び、ブロガーは「もうておくれ」とあおり、人民は引っ込んでいる。

支配層がやりたい放題にできる、結局唯一の望みだった安倍総理が、裁量労働制やいろいろなカルトとのつながりなど、失望せざるを得ない状況は、当然国民が何も求めていなければ、国民がビジョンを持たなければ、自分の利益を優先するからです。

みんなで求めないと、支配層は答えません。この時組織で団結する時代は終わりました。

カルト宗教も右翼も共産党や労組も、組織的な運動はろくなことがありません。人間はとにかく組織を作るとろくなことがないです。さらに正義や真理は特定の組織の専売特許などではないのです。

みんなが自分の意志で国に働きかけるべきです。小さなことから始めるべきです。

豊かさを求めすぎる人間

豊かさ、快楽、人間はいつまでもそういうものを求めますが、

いくらでも求められるというのは間違いだと分かって来ました。

エネルギー消費の問題は、人間が使えるエネルギーが限られていること、

使いすぎて環境破壊や地球温暖化をもたらしたりという事を考えないで、

後先考えないで大量に使う、エネルギー争奪で戦争が起こり、核技術が出てくると。

だが昭和30年台のような暮らしでも人間の社会は成り立っていました。あの頃でも金持ちは金持ちだった。お金がちゃんと回っていたのですね。

果たして、ハイテク、IT技術は、どこまでも進歩していいのでしょうか。

人間の幸せには、何が必要だったのでしょうか。なにが人間を不幸にするのでしょうか。

テクノロジーはなんのためにあるのでしょうか。

アインシュタインは第三次世界大戦は核で、第四次は棍棒で戦うと言いました。

人間の野蛮な心と科学で、いったんすべてを破壊するほどの戦争をするよりまえに、ちょっとゆるいしあわせを考えてみてはどうでしょうか。

追記:もう国連や日本政府は報告書をまとめています。企業も参加しているという「持続可能な社会」「持続可能な開発」という言葉で検索してみてください。ただ言っただけではダメ、行動に移せるようにするのは我々です。

追記:永久機関の到来を手放しで喜んではいけません。そのときにはもはや人間は地球の自然とともに、宇宙のフォースとともに歩まないといけません。もうその時代に人間だけの利益を求めたエゴや争いは許されません。